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中島宏著『クリスト・レイ』第22話

「そうね、その通りよ。私もずっと、もの心ついたときから、いや、それ以前からもうキリスト教信者だったわね。私の家は代々みんなそうだったし、私が生まれた町や地方でも、ほとんどがそうだったわ」 「ということは、日本でもかなり多くのキリスト教信者がいるということですね」 「いえ、そういうことじゃないの。日本でのキリスト教信者は、ほとんど例外的といっていいくらいに少ないの。正しく言えば、歴史的にも少なかったの。全体から見れば、まったく目立たないくらいの存在でしかなかったわ」 「だとすると、ここに移民としてやってきた人たちは、日本でも数少ない人たちということになりますね。そういう人たちがグループを作って、一緒にこのブラジルへやってきたということですか」 「そう、そうなの。たまたま、海外へ出ようという考え方が強まって、同じ考えを持つ人たちが決意して、みんなでブラジルへ移民しようということになったということね」 「そこには、宗教的な問題があったのでしょうか。たとえば、仏教にとってはキリスト教信者たちは異教徒だから迫害を受けたとか、そういう事情でもあったのですか」 「話せば長いことになるけど、迫害ということは、過去には確かにあったわね。でもそれはずっと昔のことで、今ではそういうことは何もないわ。将軍と呼ばれる、絶対的な権力を持っていた人間が日本の国を支配していた時代は、キリスト教徒が随分迫害された。だけど、そういう封建時代が崩壊したあとにできた、明治という近代国家が生まれてからは、そのような迫害は一切、禁止されたし、キリスト教も宗教として正式に認められたということになったわけね。
 だから、マルコスが考えるように、私たち日本のキリスト教徒たちが、迫害から逃れるようにしてブラジルへ移民して来たということではないの。今では、そのようなことは起こり得ないし、宗教の自由はちゃんと認められていますからね。
 たとえば、ヨーロッパからこのブラジルやアメリカへ移民してきた人たちの中には、国によっては、そういう迫害から逃れてきたということも結構あったようだけど、私たちの場合は、そんなことはないわ。
 ヨーロッパでは、民族的なものと宗教的なものとが絡んで、かなり複雑な形があって、それが大きな争いの種にもなってきたようだけど、日本の場合はそういう難しい問題はないわね。同じ国の中で異民族同士、あるいは異教徒同士が殺し合うというようなことはあり得ないことよ。まあ、さっきも言ったように、過去にはキリスト教徒に対する迫害があって、それによって、多くの人たちが犠牲になったということは確かにあったけど、でも、今の日本ではそんなことはまったく起きてないわ」 「では、どうして、ここに来た日本人たちだけはみんなキリスト教徒なのですか」 「私も含めてみんな、同じ地方、同じ町や村から来ているけど、そこではほとんどすべての人たちがキリスト教信者だから、グループとして一緒に移民して来たということで、このブラジルでもみんな同じ所に入植したわけね」

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