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天野重知=天野鉄人の父=北富士演習場の闘将

「草一本 ソダ一束とっていない林雑補償金はサギだ」という大看板を背にした天野重知。2002年、北富士演習場入り口で

 校名『ESCOLA HEISEI SHIGUENORI AMANO』は天野重知(あまのしげのり)のことで、平成学院を経営する天野鉄人(てつひと)理事長の実父だ。
 戦前、富士山の山梨県側にある旧日本帝国陸軍が買収使用していた『北富士演習場』に対して、江戸時代から地域住民が入って専有的に使用、立ち入って生活を支えた「入会(いりあい)権」があると交渉。
 戦後はGHQ(連合国軍総司令部)や『北富士演習場』を使用転換した自衛隊と、ベトナム戦争時にはアメリカ海兵隊のカービン銃の前に〝むしろ旗〟を掲げて文字通り命をかけて闘い、『北富士演習場』闘争を指導した。『天野天皇』と呼ばれ、右翼からも、左翼からも一目置かれた伝説的人物として知られる。
 昭和・平成期の農民運動家、北富士農民運動の指導者として『20世紀日本人名辞典』に載る名士だ。歴代「防衛庁長官」と単独会見した『北富士闘争』の中心人物。闘争の原点は「入会権」の思想と法研究とされる。戦前の忍野(おしの)村村長時代に、東京電灯(現・東京電力)ダムによる田畑被害補償を農民の実力行使で勝ち取った、と紹介されている。
    ☆
 1909年1月1日、富士山の北面、山梨県側の麓にある忍野村・忍草(おぼくさ)生まれ。2003年12月30日、「北富士演習場」入り口に座り込み風邪を引き、肺炎を併発して急逝した。享年94歳。
 1939年30歳で、忍野村長に立候補し当選。旧陸軍と交渉し「北富士演習場」への入会権を認めさせた。
 戦後、演習場2千ヘクタールの払い下げを申請したが、米軍に占領接収され立ち消えとなった。そこで、1947年に忍草入会組合を結成、組合長として米軍の無断使用を弾劾、入会権を認めさせるための交渉を始めた。
 天野重知の代表的な呼び名は、「北富士演習場」闘争の黒幕、「天野天皇」など。そこからは、険しい陰気な顔が想像されるが、実際に受ける感じは穏やかで、眉、目、鼻、口が大きく威厳があった。
 すげがさ、絣(かすり)のもんぺ姿で鎌やむしろ旗を持つ「忍草母の会」の農家の婦人と共に、替え歌やざれ歌を書いたビラを配って闘った。「闘争は悲壮感が出たらおしまいだ。戦いぬくには心に余裕がなければ挫折してしまう」と闘争を指導した。
 天野重知の自伝を書いた班目俊一郎(まだらめ・しゅんいちろう)は、「(天野は)北富士演習場の着弾地という見事な舞台で演じ、見ごたえのある芝居をして、一人の負傷者も逮捕者も出さず、〝忍草の言い分〟を天下に知らしめた」と激賞している。
 1955年、米軍が「北富士演習場」忍草入会地を「無断使用」していることに抗議、忍草入会組合の決死隊300人(戸)が突入に成功、20数人の騎馬隊が米軍の構えるカービン銃の「槍衾(やりぶすま)」を破った。この時は防衛施設庁の方が手を上げ、演習場のうち「300ヘクタール払い下げ」を取り付けた。
 東大法学部の加藤一郎助教授(後の東大総長)など入会権を専門とする名だたる学者たちとのきずなも多く、彼らは忍草入会組合を応援した。防衛庁はそんな天野重知を恐れた。内閣法制局の役員は「北富士演習場内の林野について有する所有権、入会権その他の権利は日本国憲法が何人も侵すことのできないものとして保証した『神聖な財産権』である」と宣言文を書いて天野にエールを送り、軍事評論家の林茂夫に激賞された。
 天野は一貫して北富士演習場の『全面返還、平和利用』を訴え続けて他界した。
【参考文献】『北富士演習場と天野重知の夢  入会権をめぐる忍草(しぼくさ)の闘い』(班目俊一郎著、2005年、彩流社)

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