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安慶名栄子著『篤成』(20)

 私たちの人生は新しいお家、新しい日課の始まりで一変しました。
 午前中にはブラジルの学校へ行き、授業が終わると皆で駅まで走り、汽車が通るのを見るのが好きでした。
 いつも同じ時間に、とてもハンサムな盲目の青年がブロンドヘアの2人のきれいな女性と一緒に駅の前を通りかかるのでした。1人は彼の恋人だといい、いずれ結婚するのだということでした。その青年は日系人で、女性が非日系人だったので青年の家族がその結婚に猛反対でした。青年は、彼女と一緒になれないのであれば死んだほうがましだと言い張っていましたが、そんな悲惨には至らず、それが逆に2人を増々近づかせ、2人の間の愛が益々大きくなったのでした。本当の愛は死んでも離別できないとは、そのような愛を指していると感じました。
 そして、その2人が実に幸せそうに手をつないで歩いているのを見ると、何故か私は日本に残され、戦死した2人の兄の事を思い出すのでした。戦争なんてなければ…。
 そんな気持ちで戦争を心底憎みました。戦争さえなければ、父は2人の兄と一緒に暮らすことができ、幸せだったことでしょう、と思うのでした。
 汽車が出発すると、私たちはまた走り出し、皆、ポルトガル語で喋りながら、大はしゃぎで日本語学校へ行きました。でも、遠くからでも先生が現れると、皆黙り込んでしまうのでした。何故ならその先生は典型的な日本人で、教室の中ではポルトガル語は禁句でした。一言でも許されませんでした。ふいにポルトガル語が出ると、その生徒は起立してみんなの前で謝らなければなりませんでした。さもなければ、先生が持っていた竹竿で1人1人が手のひらをたたかれるのでした。
 そのように本当に厳しい先生でしたが、みんな先生が大好きでした。先生はいつもお話を聞かせて下さり、面白い話にはみんな大笑いし、また時には全員が涙を流すような悲しいお話もありました。それらのお話の裏には常に感謝の気持ち、他人や先祖への愛の気持ちを私たちに教えるための教訓がありました。
 私は、その先生のもとで初めて日本舞踊や日本の国歌を学びました。男の子たちは相撲や柔道、空手、剣道など、他にも日本独特なスポーツを学びました。
 しかし、全てが楽しい事ばかりではありませんでした。
 当時、貨物列車がバナナの収穫地点を通過することができるようにと地域の日本人たちが集まり、鉄道の待避線を設置しました。以前は町の駅まで収穫物を運び、そこからサントス港へ送るのでした。当時のバナナは全部ウルグァイへ輸出されていました。
 さて、その同じ地区に或るブラジル人家族が暮らしておりましたが、その家族は待避線の設置作業に参加しなかったのでした。日本人の地主の大多数は、そのブラジル人家族が待避線を使うのに反対しました。そのためにこの家族は収穫物を元通り中心地の元の駅まで運ばなければなりませんでした。

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