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ブラジルに35mの大仏=小さな町が仏教で町おこし(中)=「鬼の宗教」と拒否された歴史超え

僧堂で座禅を組む人たち(禅光寺提供写真。撮影=Vitor Nogueira)

座禅を組む人たち(禅光寺提供写真)

 曹洞宗白雲山禅光寺(ビッチ大樹住職、Mosteiro Zen Morro da Vargem)は、1974年に「イビラス仏心寺」として新宮良範師が草創開山し、後に禅光寺に大本山永平寺丹羽廉芳禅師と瑞応寺楢崎一光老師の貢献に報いるため禅光寺に改名御開山された。新宮師は56年に初代南米開教総監として赴任して、当地で曹洞宗布教を開始した人物だ。

 非日系である住職の息子、副住職のビッチ研道(27歳、イタリア系)に取材すると、「開山してすぐの頃は、情報も少ない田舎町で熱心なキリスト教徒が多い町だったので『鬼の宗教だ』と強く拒否されていた歴史もあります。悪い宗教ではないと示すため、宗教を超えた活動や地域のためになる活動が必要だったそうです」などと地域貢献や宗教の枠を超えた活動の原点を説明する。

 イビラス市には日系人が少なく、保守的で的で学習の機会を得ることが出来なかった人も多い風土の地方農村では、仏教には違和感が強かったようだ。

 この場所を選んだ理由は、専門僧堂を建てる際の基準に準じて土地を探したという。専門僧堂は山頂に有り、そこで自給自足するための米などを栽培できる環境が必要。山頂付近の僧堂が登りと下山で一本道になるという条件に適ったことからこの土地になった。

 大仏の有る鳥居公園から約2キロ離れた森の中にひっそりと佇み、宿坊と僧院が併設される。寺の所有地150ヘクタールのうち、140ヘクタールは環境保全にあてられている。

公園の周囲は緑豊か。(禅光寺提供写真、撮影=Vitor Nogueira)

 建立当初の1974年には木々は殆んどない荒れた土地だった。「以前この土地はコーヒー農園でした。寺の建物や生活インフラを自らの手で整えながら、木の植樹を並行していたそうです」と歴史を説明する。

 47年間に20万本の植樹が行われ、現在の森が生まれた。日々の手入れもお勤めの一部として、僧侶自ら作務として行っている。

 この実績から、エスピリットサント州や周辺自治体と提携した環境教育の場にもなっている。寺には自然環境教育専門の講師もおり、コロナ禍前までは寺へ週100人ほどの子供が環境教育のために訪れていた。

 イビラス市への地域活性化やコミュニティの経済発展、自然環境保全など多角的に地域へ貢献する取り組みを行う同寺。

 こういった取り組みはメキシコで禅僧をしていた故高田慧穣(えじょう)師(1928―1997年、兵庫県)の影響が強いと研道さんは説明する。

 高田師は1967年に単身でメキシコに渡り禅堂を建て、貧しい農民のために大豆の栽培や日本の農業技術の指導にあたるなど社会活動を実施していた。88年には政府の正式な許可を得て、メキシコ国立自治大学の武道館で禅を教えていた。

僧堂で座禅体験をする生徒たち(禅光寺提供写真。撮影=Vitor Nogueira)

環境教育で来た学生達。禅宗の教えや日本文化も学ぶ

 大樹師は20歳頃にメキシコで高田師のもとで1年間修業し、現在の幅広い社会活動のきっかけにとなる経験を得た。

 この他にも高田師は哲学者のエーリヒ・フロムや「エル・トポ」などで知られるチリ出身の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーも「人生であった誠実な5人のうちの1人」と挙げ、強い影響を受けている。

 日本語ウィキペディアでは「高田慧穣」項目は存在すらしないが、スペイン語(https://es.wikipedia.org/wiki/Ejo_Takata)では長文の経歴が書かれている。日本では知られていないが、中南米では有名な日本人仏僧がいるようだ。

 仏教による地域おこし、宗教の枠を超えた巡礼の道、環境教育や環境保全など、新しい動きが始まっている。(続く、天野まゆみ記者)

 

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