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《記者コラム》移民150周年を盛り上げる新聞に=日系社会史に新しい章が始まる

ブラジル日報協会創立記念祝賀会で挨拶する林会長

ブラジル独立200周年に「ブラジル日報」開始

 こんな日が来るとは思ってもみなかった。「邦字紙は一世の減少と共に役割を終える」――それが運命的なモノだと漠然と考えていた。
 だが、「日本移民開始から114年目に新しい邦字紙が生まれる」ことが発表された。その名も「ブラジル日報」。しかも「ブラジル独立200周年」を祝う年の年初に始まる。
 そのことが、10月29日のブラジル日報協会創立記念祝賀会で公になった。この国の記念すべき節目に、日本移民史に新しい章が加わる。
 来年からブラジル日報を発行するのが「ブラジル日報協会」(林隆春会長、蛯原忠男理事長)だ。本紙とはまったく別の組織、別の新聞が生まれる。
 新しい組織は会社ではなく、「協会」(Associação)という非営利団体になる。いわば、県人会や文協、会議所などと同じ。
 この協会は、新しい日本語新聞「ブラジル日報」とポルトガル語新聞「Jornal Nippon」を発行するのみならず、日伯交流を盛り上げるための様々な事業を行っていく方針だという。

苦境叫ばれ久しい邦字紙業界に一条の光

 ブラジル邦字紙業界では30年も前から読者の高齢化による経営難が叫ばれてきた。
 そんな流れの中から、パウリスタ新聞(1947年1月創刊)と日伯毎日新聞(1949年1月創刊)という、共に半世紀の歴史を誇る邦字紙が合併して、本紙ニッケイ新聞も1998年3月3日から始まった。
 あの時は何のセレモニーもなく、突然新聞が切り替わる形で始まり、それから23年の歴史を刻んできた。
 だが、邦字紙はいつ潰れてもおかしくないといわれ続け、奇跡的に今まで継続されてきた。その間、サンパウロ新聞が2018年末に廃刊したことは記憶に新しい。
 恥ずかしながら「次はニッケイ新聞。こっちもいずれ時間の問題」という声が聞かれて久しい。
 そんな先行きが見えない邦字紙業界の中で、林会長は「邦字紙を絶やしてはいけない」との声を上げ、まったく新しい邦字紙を誕生させたことは、読者にとって朗報といえる。
 《新しいぶどう酒は新しい革袋に盛れ》(『新約聖書』マタイ伝第九章)という言葉もある。ブラジル日報協会は、弊紙のように尻すぼみになる一方ではなく、むしろ時とともに活動を拡大させる方針だという。
 「ライバル紙」うんぬん云うより、長年邦字紙に携わってきたものとして、今このタイミングで創刊する勇気に、素直に帽子を脱いで最敬礼したい気持ちだ。

人材や福祉事業のプロ、外国人支援をする林会長

蛯原忠男理事長

 「ブラジル日報協会」は聖市の文協ビル6階に所在する予定と聞く。つまり、文協、県連、裏千家、人文研などと同じ建物だ。
 同日報は当地在住の読者に重心を置きながら、ブラジル進出企業などの駐在員、日本側の読者にも読まれる内容への比重を高めていく予定だという。
 林隆春会長は、愛知県一宮市在住。今回のために必要な投資を日本からした。株式会社アバンセライフサポート、株式会社アバンセコーポレーションの創業者で「人材のプロ、外国人材のパイオニア、介護ビジネスのエキスパート」だ。
 この「アバンセライフサポート」は、愛知・岐阜を中心に訪問介護事業、有料老人ホームの運営などを行う。介護事業、老人ホームだけでなく、介護・福祉・医療分野の人材派遣や介護職資格者の育成にも力を注いでいる。
 林会長は1950年、愛知県生まれ。本紙3面のメッセージにあるように、1980年から外国人ビジネスを始めた。前記2社に加え、株式会社エレメント、株式会社ジャステックの代表も務め、介護事業・警備事業等も手掛けている。
 このような企業経営とともに、市民活動ボランティアにも時間を割く。現在、NPO法人中部日中友好手をつなぐ会、NPO法人交流ネット、のわみ相談所、一宮ロータリークラブ、一宮地域活動支援センター、NPO法人パートナーシップ・サポートセンターなどで活動している。さらに外国人相談、一時保護所、炊き出し他、日本の社会との関係性の弱い人たちの支援を行っている。
 在日ブラジル人に関していえば、林会長が代表を務める一般社団法人「日本海外協会」(東京所在)は、昨年6月に「リスタートコミュニティー支援センター」を群馬県大泉町に開設して、在日ブラジル人同士が助け合う仕組みを育てようとしている。
 今年5月、同じく「日本海外協会」が運営する形で、国際共同供養墓「メモリアル・リスタート・コミュニティ」が東京都の多摩八王子霊苑の一角に建設された。
 これは、80年代から増加する日本定住外国人労働者の多くが高齢化や病気により日本で亡くなる時代になったが、宗教や経済的な問題から日本の墓地では外国人を埋葬できず遺骨の処理問題が増加しているのを解決するためだ。
 そのような林会長のボランティア活動の一つに、今回ブラジル日報協会が新しく加わった形だ。
 さらに同協会のブラジル側トップの理事長に、戦後移民の蛯原忠男さんが就いたことも重要な点だ。長年にわたり剣道の普及に取り組み、ブラジル剣道連盟会長、国際剣道連盟理事として剣道指導者の育成や剣道教室の開催などを行ってきた。
 同時に日系音楽団体グループ・フレンズの会長として、日本の歌謡曲普及に取り組んできた。このような剣道および音楽活動を通じた日伯交流の促進に貢献していることが評価され、昨年在外公館長表彰をうけた。
 日本に住む林会長に代わって、蛯原さんが理事長として現地側を取り仕切ることになる。

今の20代が50代になった時、150周年に

 「ブラジル日報」「Jornal Nippon」が21世紀の日伯交流を盛り上げる一助となり、2058年に迎える「日本移民150周年」を支える媒体に育つことを願ってやまない。
 思えば1972年、ブラジル独立150周年を記念してブラジル日本文化福祉協会の「国際民族舞踊大会」が開始され、1959年から聖美会が主催していたコロニア展を受け継ぐ形で「第1回文協美術展」が開催された。
 同じように、ブラジル独立200周年という大きな節目に、日系社会として何かを始めてもいい。今回始まったブラジル日報協会が、うまく活動を発展させることができれば、次のステップに足を踏み出すことができる。
 今は遠い先に感じるかもしれないが、移民150周年は37年後だ。今20歳の目の前にいる孫が57歳になる時、150周年式典が開催される。
 その若い世代に対し、来年から始まるポ語新聞Jornal Nipponは、日本への関心や興味を喚起するようなポルトガル語の情報提供する媒体になりそうだ。まずは「知ること」が交流を盛り上げる第一歩ではないか。(深)

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