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連載小説

自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(15)

 次は馬糧トウモロコシが何日続いただろうか。大人の親指の爪ほどにふくれた粒は、どんなに強く噛んでも噛みきれない強靭な外皮に包まれていた。二回だけであったが、外皮も胃袋へ送り込んだ。次の日外皮がそのままの姿で体外に排出されたのを見た。それからは中味だけを食うことにした。  この三種以外は薄粥だけである。啜ったときだけ飢餓感が押えら ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(14)

  九、食事  初日に筆を戻す。  初日、死ぬ思いで宿舎に帰りつき、欲も得もなくジットリ湿っている床板に横たわった。一杯の水も一椀の飯さえない、雪を口に含んで乾きをおさえた。  前節で二日目から一〇日近くまで、どこでどんな作業をしたのか、記憶が消えていると書いた。  一九九二年、ラーゲリ跡へ墓参に行った時、同行の戦友たちも私同然 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(13)

 身辺警護をされる要人待遇にたとえて、気分転換をしてみたが、現実の惨めさには勝てなかった。坂道を下り終ると、すぐ目の前に火力発電所の大きな建物があった。その右側を通った隊列は、発電所の裏へ導かれた。低湿地帯で地面は凍てついていた。  発電所用の貯水池の土手を嵩上げする作業である。六〇〇人の捕虜たちは、土手を取り巻くように一列に並 ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(12)

 所長は数名のソ連軍下士官に命じて、捕虜の人員を数えさせた。ソ連軍下士官たちは各中隊の間に入り、 「アジン、ドヴァ、ツリー……」  と、声を出しながら数えてゆく、途中でやめて先頭に戻ると、初めから数えなおす。途中でやめるのは、数えているうちに分らなくなるらしい。二、三回繰返したのち、最後尾に辿りつく。最後尾が一人~三人缺けている ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(11)

 鋸は錆びている上、目立てを何年もやってないような代物だから、屈強な奴らでさえ薪に切ることはできなかった。しかし薪を持参しなかった報いは、たちどころに現れた。  脱衣箱に着衣と雑嚢を入れて浴場に入る。内部は広く冷え冷えとしていた。正面には階段状に板が取付けてある。カンボーイ(監視兵)が小桶に水を入れてくれた。汗がでたら水をかぶっ ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(10)

  三、蒙古系住民の好意  トラックに戻り辺りを見回す。路より少し離れた木立のなかに、土壁の貧しげな家が数軒見受けられた。その家々から数人の人影が出てきた。老人ばかりである。小柄で蒙古系らしい容姿である。長老らしい老人が 「ヤポンスキー?」  と声をかけてきた。  うなずくと彼らは家に戻っていった。再び出てきた彼らは手に手にパン ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(9)

 立錐の余地もないほど押し込まれたから、錠のことなど気に留めなかったのかもしれない。列車が動き出すと、前方から順次腰をおろしていった。どうにか腰をおろすと落着いた気分が湧き、一斉に黒パンに齧りついた。強い酸味が口中にひろがったが、みんなは黙々と食っていた。  扉の傍に置いてある半分に切った樽は、便器代りらしい。列車が進むにつれて ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(8)

   第三章 抑留(一) (一九四五年八月~一二月)   一、博克図仮設収容所  夜間強行軍ののち博克図陸軍病院の仮設収容所に集結した連隊の生存者約一五〇〇名は、食料の支給がないまま草を食い、木の皮を噛み、夜間の寒さにふるえながら毛布一枚の野営を強いられた。  周囲を取り囲む柵は一重だが、二・五mもの高さに有刺鉄線を一五㎝間隔に ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(7)

 今でも私は思う。爆雷を胸に抱き、敵戦車に肉弾攻撃を仕掛けて無念にも死んでいった、名もない兵士たちを。そしてその壮烈な死を誰一人一顧だにしなかったことを。彼ら一介の兵の戦死は持て囃されることが全くなかったのである。  これに対して飛行機、小潜水艇などによる特攻は実に華々しく喧伝され、顕彰された。行動の派手さ加減が人々の注目を集め ...

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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(6)

 一七時頃、中央と東丘陵間の谷間の中間地点までソ軍二箇小隊が進入。  八月一七日、敵の砲撃なし。中央と東丘陵方向から銃声しきりに聞える。不思議にもわれわれが展開している西丘陵には一五日の攻撃後はソ連軍はやってこない。  八月中旬とはいえ、海抜一八〇〇mの大興安領山脈の夜は、冬のように冷える。後方からの補給は一三日の布陣の時、握り ...

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