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連載小説

臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(156)

 今はどうか? 何もしなくていい時間がいくらでもある。今までこんな機会は一度だってなかった。だが、今は違う。「牢につながれる」という表現どおり、牢屋に入れられ、いろいろな規則や要求に縛られている。外の世界では「何もしないこと」は選択自由だったが、ここでは義務なのだ。「強制的休息は精神を衰えさせる」と正輝はおもいにふけった。単調な ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(155)

 湯田幾江といっしょに検挙された高林明雄もカルドーゾ署長に同じ日に調れらべられた。36歳で、父は高林信太郎、母はヌイ、臣道聯盟のアララクァーラ支部では一番の知識人だった。ただ一人、高等学校を出ていて、町の日本人の間で「先生」とよばれていた。  1934年に渡伯、サントスからモトゥカ郡の東京植民地に入植し、アララクァーラ市に移った ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(154)

 DOPSにはこの作業の手間を省くため印刷物が用意されてあった。表側には容疑者の「評価調書」と書かれ、証言がなされた日付、証言者のデータが記されていた。この部分はカルドーゾ署長、証言者、公証人が署名するようになっていた。裏側には証人の出席のもとに取られた「訴訟書」と書かれていた。 「訴訟書」作成はカルドーゾ署長が定めた厳しい規則 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(153)

 DOPSについた次の朝、身分証明と身上鑑定のため三階によばれた。姓名、両親の名前、生年月日、既婚、未婚の身分、職業、国籍、出生地、在伯期間、学歴、住所、検挙日、検挙の理由、宗教などが確認され、指紋がとられた。  調書内容のほとんどが独裁政治の新国家体制下に発布された1938年6月12日の法令第554条に基づくものだった。この法 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(152)

 4月9日、ヨシオは助け合うという精神をもって、帰途につくマサユキを連れ、アララクァーラ向けの汽車にのった。  ヨシオは房子に大歓迎を受けた。 「あなたがきてくれて、よかった。本当に助かるわ!」  夫の従兄弟を大喜びで迎えいれた。  ヨシオが従兄弟の農園でやる仕事は、自分の家の仕事とあまり変わらなかった。畑を耕し、除草をし、水を ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(1)

 子どもは気が動転したウシの権幕におされ、父親の勾留のことをきちんと話すどころか、説明するのも容易ではなかった。 「カッカン(勝つ)とかマキタン(負ける)とかいうことで…」  沖縄弁で、日本が戦争に勝ったとか、負けたとかでまっ二つに分かれたことを説明しようとした。 「知ってる? 臣道聯盟のこと?」と聞いた。  サンカルロスはアラ ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(150)

 そこからどこに連れていかれるのだろう? どこかの牢屋で忘れられてしまうのだろうか?でも、どこの牢屋なのだろう? いつまでなのだろう?  妊娠6ヵ月の身重で、上が11歳、下が1歳半少し、夫はおらず、他人の手も借りることができない彼女にとって、それはすごい重荷となった。姪の殺害、息子の死という悲劇からそうたっていない彼女に、今度は ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(149)

 マサテル(正輝)という二つの漢字を書いた。はじめの正はたいてい「まさ」と読まれ、臣道聯盟本部で没収されたリストの漢字を読んだ翻訳人は「まさ」と読んだ。ところが、二番目の「ひかる」という意味の漢字は名前に使われた場合、「てる」、「あき」、「とし」、「のぶ」そして、「みつ」と読まれる。どの漢字もはじめの「まさ」に合っている。正輝の ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(148)

 正輝はこうした警察の動きに細心の注意を払った。捜査が進めば、やがて、アララクァーラにも警察の手が延びるのは時間の問題だった。それには理由があった。カルドーゾ警察長の指揮のもとに行われた家宅捜索で警察が没収した聯盟制作の詳しい地図には、アララクァーラの町にもはっきり印がついていた。  サンパウロ、マウア(この支部は前回の警察調査 ...

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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(147)

 オゾーリオ書記官により作成されたリストによると、ジョアン・カルロス・ネットとエリオ・パソッチが、臣道聯盟の幹部根来良太郎、佐藤正信、木村貞二、塩塚金吉ら立ち会いのもとに行った没収物は包装27個にもなった。  最初の包には日本国旗6枚、2番目には日本の小国旗7枚、3番目にはいろいろなアルバム、4番目には臣道聯盟の理事たちの写真、 ...

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