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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(150)

 そこからどこに連れていかれるのだろう? どこかの牢屋で忘れられてしまうのだろうか?でも、どこの牢屋なのだろう? いつまでなのだろう?
 妊娠6ヵ月の身重で、上が11歳、下が1歳半少し、夫はおらず、他人の手も借りることができない彼女にとって、それはすごい重荷となった。姪の殺害、息子の死という悲劇からそうたっていない彼女に、今度はまったく違う苦難が襲ってきたのだ。確かに二人の死は彼女にとって悲惨なことだったが、どんなにつらくても、どうにか気持ちの整理ができた。姪や息子の死にもそれなりに終止符を打つことができた。けれども、正輝の留置はいま始まったばかりでこれらさき、事態がもっとひどくなるかもしれない。
「働き手を失って、ここで、これからどうやって生きていけばいいのか?」
 夫やこれから先のことを考えて動揺した。
「子どもたちをどう養っていくのか? 家の仕事はどうするのか? どうやって生きていったらいいのか?」
 その思いが房子を苦しめた。
「樽叔父さん!」
 房子の頭にひらめいたのはそれだった。保久原樽とウシ夫婦とその息子たちが何年か前、サンカルロスに戻ってきている。
「正輝が留置されている間、息子のだれかが手伝ってくれないだろうか?」
と考えた。思いついてすぐ、マサユキを汽車でサンカルロスの叔父に助けを求めに行かせた。叔父樽は日本をでるときの責任者であり、ブラジルにきたばかりのころも正輝を息子同然にあつかってくれたではないか。
 マサユキはひとりでサンカルロスへ行き、町から近い樽が借地している農園にたどり着いた。着いたときみんなは驚いた。
 長男のヨシアキがマサユキと話しているのをみて、ウシは沖縄弁で「タアアヤガ ウヌ ワラバア?(いったい、この子はどこの子か?)」と訊ねた。
 息子が「正輝の長男マサだよ」と答えると、ウシは驚きで飛び上がったほどだ。
「こんな遠いところまでひとりで来て、何をしているんだ。父さんはどこ?」
「父さんが捕まって…」と答えようとしたが、すぐ遮られた。
「捕まった? なにをしたっていうの?」とウシはいらだちを隠せないでいった。頭のなかではいろいろな答えが渦を巻いていた。2、3年前、夫の樽が正輝を訪れたとき、ウサグァー、そして、すぐ後、息子のヨーチャンの死で気力を失っていた甥を目にし、ずっと心配していた。夫の樽から正輝の意気消沈ぶりを聞いていたので、無気力になったり、イヤもっと酷い状態になったのではないかと思った。そのことで頭がいっぱいで、動揺したのだ。
 いま、小さなマサユキから正輝の勾留を知らされ、最悪のことが頭をかすめた。わずかな時間に二人を失い、気が狂って、妻を殺したのではないか?
 わが身を忘れ、泣きながら両うででマサユキをゆすぶり、
「いったい、何をしたの、何をしたっていうの」
と子どもが答えるすきも与えず、同じ質問をくり返した。もしかしたら、本当は答えを聞きたくなかったのかもしれない。

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