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勝ち負け抗争 関連記事

勇気ある政治家人生偲ぶ=田村元下議=初七日に200人集まる=「我々二世の模範でした」

ニッケイ新聞 2011年7月22日付け  「デプタードは常に我々二世の模範でした」。日系初の連邦下議、田村幸重氏(二世、1915—2011年)の初七日が17日午前、サンパウロ市のサントアゴスチンニョ教会で行われ、故人を偲ぶ友人や関係者ら約200人が参列し、山口エルミロ元サンパウロ州知事補佐官はそう追悼のメッセージをのべた。戦後の ...

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パウリニアで先行上映会=勝ち負け描いた『国賊』=主演の伊原剛志も来伯=コロニア向け試写会も

ニッケイ新聞 2011年7月9日付け  終戦後の勝ち負け抗争を描いた話題のブラジル映画『Coracoes Sujos』(国賊、ヴィセンチ・アモリン監督)が完成し、初めての先行上映会が7日晩、サンパウロ州カンピーナス市近郊で行われた第4回パウリニア映画祭の開幕式として行われ、招待客1500人が鑑賞した。日本からは主演の伊原剛志が来 ...

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「日本映画は郷愁を癒す薬」=平田さんら黄金期振返る=往時には日に6千人来場=SESC回顧展

ニッケイ新聞 2011年6月9日付け  「戦争に負けて祖国に帰れない移民にとって、日本映画は郷愁を癒す薬のようなもの。映画館の中は知り合いが集まる日本の代わりのような場所だった」。シネニッポンの創立者、故・平田公泰(きみやす)さんの息子、公一さん(66、二世)は、そう映画館の果たしてきた役割を述懐した。SESCと国際交流基金サン ...

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〜OBからの一筆啓上〜戦時下の邦字記者=田中慎二(元パウリスタ新聞記者)

ニッケイ新聞 2011年6月1日付け  最近のニッケイ紙に掲載された、勝ち負け抗争で野村忠三郎殺害時に蒸野太郎が腹に巻いていた日の丸が、脇山甚作の襲撃犯・日高徳一から移民史料館に寄贈された記事が話題になった。  さらに同紙に連載された『アンドウ・ゼンパチ—清貧に生きた波乱万丈のインテリ』でも、連載二十回目の「激化する勝ち負け抗争 ...

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ようやく1冊目を刊行=百年史『生活と文化編』=女性史など独自の視点も=3月末着荷で予約受付中

ニッケイ新聞 2011年3月1日付け  「ようやく1冊目が完成しました。ぜひみなさんに見て欲しい」。移民百年史日本語版編纂刊行委員会(森幸一委員長)が07年から進めてきた最初の刊行『ブラジル日本移民百年史』第3巻「生活と文化編(1)」(風響社)が昨年末日本で刊行され、先ごろようやく飛行機便で10冊ほどの見本が届き、松尾治百周年協 ...

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65年前の恩讐を超えて=当事者日高が語るあの日=《9》=憑き物が落ちた瞬間=百年祭で皇太子殿下迎え

ニッケイ新聞 2011年2月18日付け  蒸野太郎は46年4月の野村忠三郎事件後、サントアマーロ方面に徒歩で逃げ、道なき道を彷徨った。まるで彼が辿ることになる後の人生を暗示するかのような辛い逃避行であったという。  偶然行き着いた日本人農家が同じキンターナ出身者で、顔を見るなり「太郎か」と言い、二言目には「よくやった!」と匿って ...

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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年2月18日付け  最近テレビでジウマ大統領が左派活動家時代に収監されていたDOPS(政治社会警察)の監獄の映像を見て、日高徳一氏は「あっ! 自分が入っていたところと同じだ」と驚いたという。勝ち負け抗争は日本に深く根を張るコロニアの出来事であると同時に、実はブラジルの歴史の貴重な一部でもあるから、もっともだ ...

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65年前の恩讐を超えて=当事者日高が語るあの日=《7》=〃急変〃した戦前の指導者=どの立場で暗殺されたか

ニッケイ新聞 2011年2月15日付け  不思議なもので暗殺されたのは同じでも、どの立場で殺されたかによって事件としての意味が異なってくる。また1946年3月からの一連の勝ち負けテロ事件で狙われた人々は「負けた」と言ったから狙われたのではなく、「戦前は自分たちの指導者だと思っていたのに変節した」と思われて狙われたという部分が強い ...

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共同通信=名波リオ支局長が帰国=一番の印象は「百周年」

ニッケイ新聞 2011年2月15日付け  共同通信社リオ支局長の名波正晴さん(47、静岡)が3年3カ月のブラジル勤務を終えて帰国するのに先立ち、1日付けで着任した遠藤幹宣さん(35、東京)とあいさつのため来社した。  名波さんは百周年の前年に3カ国目の赴任先としてブラジルに着任した。一番印象に残った取材は、との問いに「苦労もした ...

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65年前の恩讐を超えて=当事者日高が語るあの日=《3》=「臣聯=特行隊ではない」=勝ち組潰しで誤解広めた?!

ニッケイ新聞 2011年2月8日付け  日高徳一は1946年4月1日の元駐亜国大使・古谷重綱襲撃にも参加し、未遂に終わっている。同時に実行された野村忠三郎・元文教普及会事務長殺害事件の影響で、翌2日に臣道聯盟関係者1200人もの大検挙に事態は発展した。フェイラでよく使われているカーキ色のカッパを襲撃時に着ていたことから、「同じカ ...

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