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《愛知県》デカセギ子弟が司法試験合格=母想い一念発起した照屋さん=ブラジル人初の合格者か?

照屋さん

照屋さん

 母子家庭のデカセギ子弟が日本の司法試験に合格!――2016年に行われた司法試験の合格率は22・95%。受験者は6899人、合格者は1583人という難関試験に合格した日系三世がいる。沖縄県系の照屋レナン・エイジさん(24、名古屋大学法科大学院卒)だ。ブラジル人初の日本の司法試験合格者か―とも推測される照屋さん、「試験までの2年間、できるときは1日10時間ほど勉強しました」と穏やかに語った。今年3月から「伯国の法律事務所も見てみたい」とサンパウロ市の二宮法律事務所(二宮正人所長)で自主的に研修している。

 

 

 照屋さんはサンパウロ市で生まれ、8歳のときに母のデカセギのため日本に連れて行かれた。金銭的な理由で地元の公立小学校に通ったが、「日本語は友人に教えてもらったり、遊びながら覚えた」と振り返った。

 中学3年に進級するとき、母の仕事の関係で愛知県に引っ越した。「弁護士」を目指し始めたのはこのときだ。当時のテレビドラマシリーズや中学生向けの職業百科を読んで「こんなに就職が難しい仕事があるんだ」と興味が湧いた。と同時に「毎日長時間働く母を楽にしたい」という想いもあった。

 デカセギ労働者である母は、当時自動車部品の工場に勤めており、午前8時に出勤し、午後10時に帰宅する毎日を繰り返していた。訪日してからずっと続くこの生活。母が時々こぼす愚痴を聞き、デカセギ労働の大変さを感じていた。

 「母が苦労している様子を見ていたし、僕自身も肉体労働が嫌い。高校から熱心な先生方の指導の下、勉強に励みました」と語った。高校3年時には毎日5~6時間勉強した。「司法試験の時はもっと勉強した。それを思えば、高校の時はもっとやれましたね」と笑った。

 名古屋大学入学後は一般人の相談を聞く「法律相談部」、小学校の外国人児童の授業を手伝う「国際ボランティア」に所属し、人々の悩みに理解を深めていった。

 卒業後は同大学法科大学院に入り、勉強漬けの2年間を過ごして見事司法試験に合格した。「合格してもまだまだ勉強中です」と苦笑する。広げたぶ厚い教科書には色とりどりの付箋が貼られ、各所に細かい文字でメモが書き込まれていた。

 合格後、「伯国の法律事務所が見たい」と考え、昨年12月頃に参加した講演会で会った二宮弁護士に相談し、同事務所での研修が決定した。

 帰伯から約1カ月、両国の職場環境の違いや経済格差の深刻さなどに驚いたという。ポ語の論文を読んで裁判所を見学し、充実した経験を楽しんでいる様子だ。

 8月下旬に再訪日して日本の弁護士事務所で「修習」と呼ばれる研修を経て、日本弁護士連合会に弁護士登録をする。「将来は在日ブラジル人を含めて、民間人に寄り添った視線から問題を解決したい」と控えめに微笑んだ。

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