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コラム 樹海


 最近、赤間学院からボレチン、パラナ文化運動連盟から2002レラトリオ(報告書)をいただいた。日本人の習性で?両冊子から日本語による記述を探した。一行はおろか一字すらなかった。おそらく、だいぶ前から、消えていたに違いない。時代である。いたしかたない、ではなく、ポ語だけでいい、そうでなくてはならない時代なのだ、と思う▼サンパウロのブラジル日本文化協会のボレチン(会報)は、日ポ両語併用である。各県人会の会報もおおむね同じ。近い将来、それは、パラナ文化運動連盟のようになることが予測される▼パラナ州は、サンパウロ州より、総体的に若い人たちが日本語が巧い、といわれてきた。それは、会話に関することでボレチンの使用語となると、話は別だった▼日本語が最後まで残るのは、どうやら、日本語でなければ存在意義がない、邦字新聞と日語文芸誌だけになりそうである▼文芸誌の場合、費用の関係で、多くは発行出来ず、作品の発表が非常に窮屈になっているのが現状だ。いきおい、随想や小論の原稿は、週五日発行されている邦字新聞に〃押し寄せて〃くる。新聞は、そんなにエスパッソがない。長いものは断らざるをえない▼日本語人口が年毎に減っているとはいえ、文芸愛好者はまだまだいる。各団体のボレチンから、大勢(たいせい)に押し出されるかのように日本語が消えたが、文芸作品を発表できる場だけは、なんとか確保しておきたいものだ。(神)

03/04/18

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