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国境を越える経営哲学=盛和塾ブラジル10周年(3)=「税金なんか払えるか」=日本的考え方への抵抗

8月29日(金)

 九三年に五十人で始まった盛和塾ブラジルは現在約四十人。うち三分の一が途中入塾なので、開塾時の半分近くが辞めたことになる。
 「中にはデカセギにいってしまった人や、倒産して退塾した人もいます」。九六年から同塾事務局長をする石田光正さん(五六、東京都)は、十年の歴史が平坦ではなかったこと、入塾すれば誰もがバラ色の人生になるわけではないことを示唆する。
 中井成人さんは盛和塾ブラジル文集五号に、開塾間もない頃の会合で、ある塾生がタンカを切って退塾した時の言葉を、こう書きとめた。
 「俺は大学の先輩に勧められたから入塾したので、俺の意思ではない。しかるに稲盛哲学とは! 正直にやれ、人の倍働け、お客さんのことを考えろ。バカ言え、そんなことを皆が一日中わめいている窮屈な日本が嫌になったから、この陽気なブラジルに移住してきたのだ。それなのに何故、今さらそれを蒸し返してやらねばならないのだ!」
 日本の塾生にとっては、選ぶのに困るほどある経営セミナーの一つに過ぎない盛和塾も、ブラジルでは少し事情が違う。「日本語で腹を割って経営を語り合える場所は、ここしかありません」。そんな言葉を何人もの塾生から聞いた。
 そんな彼らにとってさえ、当初は理解しがたい考え方が幾つかあった。
 例えば税金問題について、稲盛哲学はこう説く。「税金の支払いは身を切られるように辛いことです。中には、税金の支払いを逃れるために、姑息な手段を弄(ろう)する者もでてくる。これは悪いことです。私たちが払う税金は、世の中の発展のために使われるのです。税金は社会貢献のための必要経費と考え、税引き後利益のみが、自分たちの努力に与えられた利益だと考えるのです」。
 この税金問題は、単純にブラジル企業風土に相反する考え方も含むため、塾生内でも当初は議論を呼んだ。
 蒼鳳社長の飯島秀昭さんは「飢え死にしそうになっている時に、死を選ぶか、パンを泥棒するか、そのへんの現実的判断だと思う」と考える。「盗んでも、生き延びていれば、いつかは、という気持ちです。少しでも理想に近づける努力はしている。理論的には遠回りするけれども、塾長のおかげで将来近づくべきあり方がイメージできた」。
 きれい事ではすまない様々な選択が、経営者の背中に重くのしかかる。
 国内出荷用バナナ生産ではブラジル1を誇るミナスのバナナ王、山田勇次さん(五六、北海道出身)は、「まずは生き残らなくては経営ができない。そのためには同業者と競争しなくてはならない」という。競争相手がセン・ノッタ(領収書なし)で安く販売し、その分、脱税しているのなら、生き残るためにはしかたがない。
 「でも、塾長の言われるように税金をきちっと払うことは大事。自分だけ金儲けしようなんていう会社はいつか潰れる。しっかり払う心がまえがなくては、会社は大きくならない」と説く。
 また「売上が伸びている経営者の中には、税金にとられるぐらいならと、湯水のように接待交際費などを使って、不必要な支出に散財する人もいる。そういう考え方でいるうちは、経営が散漫になり、本当に大きくすることはできない。払う以上に稼ぐことに集中してこそ、規模の拡大が図れる」とする塾生もいる。
 一方、イハラブラスの二宮邦和社長(六八、二世)は「税金をごまかそうとしても、どうせいつか分かっちゃう。隠そうとしても、ノッタなしでは完璧な管理はできない。そんな努力をするより、全部払って、その分いかに経費を下げて儲けるか集中して考えた方がいい。ブラジルにはまだ利益を出す幅がある。払っても十分やっていける」と断言する。
 色々な意見がある。でも〃生き残った〃塾生の間で「税金はきちん払う」という方向性に疑問を挟むものはいないという。状況に臨機応変に対応しつつ、稲盛哲学実現への努力を怠らない。その志はみなに共通している。(深沢正雪記者)

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