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国境を越える経営哲学=盛和塾ブラジル10周年(4)=独自のシステムを作る=従業員教育は適応の要

8月30日(土)

 稲盛哲学をブラジルに適応させるためには、従業員にその意識を徹底させなければ、効果は上がらない。ならば、塾生企業はどのようにその教育を図っているのだろうか。
 イハラブラス(農薬製造販売、ソロカバ)では九五年頃から四年間、毎週二時間ずつの勉強会を実施し、部署ごとに人を集め、役員から末端まで全員参加させた。入れ代わりのある末端社員への再教育は必要だが、「役員クラスは稲盛哲学を全部頭に入れてもらっている」と二宮邦和社長(六八、二世)は語る。
 「要は目標をはっきり決めて、社員全員がそれを理解し、実現にまい進することです」と言葉の違いを超えて、全社員が目的意識を共有することの重要性を強調する。
 そしてユニークなのは、一千人もの社員が交代で三カ月に一度通う蒼鳳の「道場」だ。塾長の説く〃利他の心〃を表面だけでなく、心にも伝達したいという思いから九六年に始めた制度だ。そこでは瞑想、ラジオ体操、生け花、空手、共同経営者の講話などを受講する。月に二回、飯島秀昭社長自身も、心構えなどについて語る。「小盛和塾的な意味合いもある」と説明する。
 「日本とは土壌が違う所に、まったく同じシステムを持ってきても、なかなか難しい。まずは独自の枠を作りながら、稲盛イズムを適応させる」
 助手からプロ、共同経営者にいたる十三段階の職能レベルに基づいた能力主義と、日本式年功序列を共存させている。「従業員と会社が共生すると共に、東洋思想と西洋思想もうまくミックスして共生させたい。蒼鳳は界面活性剤みたいな存在でありたい」という飯島イズムの現れだ。
 前代表世話役の谷広海さんが九三年当時経営していたホテルやモーテルなどには、従業員が百八十人余りいた。一日一%のインフレの時代だったから、七日間支払いを遅らせると十人分の給料が浮いた時代だった。「決められた金額をちゃんと払っているのに、何の文句があるか」と思っていた。もちろん、周りもそうしていた。
 でも、塾長のいう利他の心をもって従業員の立場に立つと、とんでもないことだと判りはじめた。その当時、常に五、六件の労働裁判を抱え、頭を悩ましている時代でもあった。
 「従業員を大切にしなさいという教えを実践した結果、労働争議はほぼなくなった」と谷さんは証言する。時間外労働させたら、必ず残業代を払う。勤務評定をつけ、無遅刻・無欠勤者には報奨金を与える。正月、六月祭、お盆、パスコア、クリスマスには給与の一割をボーナスとして与える。今思えば「当たり前のことをしてこなかった」。
 「搾取されていると従業員が感じて不満の塊になるから、裁判をおこす。同じ人でも適切な待遇を与えたら、満足して働いてくれる」。従業員の名前も極力憶え、掃除人にも声をかける。従業員の態度が良くなれば、客にもそれが伝わるし、会話が多くなる。そうなれば、顧客の要望が吸い上げやすくなる。現在ではほとんど労働争議はなくなったそうだ。
 同塾事務局長の石田光正さんは警告する。「あまりにも早く導入し過ぎて、従業員から総スカンを喰らって、かえって会社がガタガタになることもあるようです。難しいのは、いかに身の丈に合ったやり方でということかもしれません」。
 盛和塾ブラジルではイハラブラスの社長補佐・高野さんが中心になって、月一回二時間のポ語勉強会を今年一月から始めた。最初は塾生子弟を中心に十人だったのが、塾生企業役員の希望者も増え、現在では二十五人になった。
 文化・風習を超えた普遍的な従業員管理とは、どうあるべきか。日本にはないポ語での従業員や子弟への教育。それこそブラジル適応の要となる方針だろう。
  (深沢正雪記者)

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