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平成の自由渡航者たち=運命の出会いに翻ろうされて(1)=「そのまま居つきたい」=日本人と日系人の溝を越え

9月4日(木)

 デカセギ労働が定着した近年、二十七万の日系人が日本に滞在しているが、現代の流れに逆らうかのように、ここ十数年間でブラジルに定住した日本人がいる。今年六月、外務省発表の統計によると、昨年度の伯国内の日本人長期滞在者、永住者は計七万二千三百四十三人。戦前、戦後の、どの移民区分にも属さない日本人は、なぜ来伯し、何を考えて暮らしているのか。在伯日本人七人の生き様に、八回シリーズで焦点を当てた。

 「ブラジルを知る会」代表の清水裕美さん(四六、大阪府出身)は活力あふれる女性だ。日本の建設会社に勤める夫、邦保さん(四七)の海外赴任で通算十年におよぶブラジル生活を送っている。関西弁混じりで、「久しぶりやん、元気やったー?」と、誰とでも気さくに打ち解ける。
 「みんなは、簡単に私のことを『駐在員夫人』という区分に入れてしまうけど」と眉をひそめる裕美さん。「だったら、私個人の存在は何なの?って言いたい」。
 最初のブラジル生活は八四年から三年間。裕美さんは『駐在員社会』から抜け出すことができなかった。同社会には「夫の健康管理、夫を支えるための妻であって、夫よりしゃしゃり出てはいけない」という認識がまん延していた。裕美さんは疑問を抱いた。
 邦保さんはブラジルの後、タイ・バンコクへ赴任した。裕美さんは何かを始めようと思い、タイの文化や歴史などを学ぶ日本人グループに参加した。彼女の目からうろこが落ちた。
 高校、大学と、これまで自主的に勉強することがなかった裕美さん。「大人になってからの学習意欲、深く興味を持つことにおもしろさを見つけた」と話す。タイでの七年間で生まれ変わった裕美さんは、九七年、邦保さんの仕事の関係でブラジルと再会した。
 「いつまでブラジルにいるかわからない。ここにいるなら、ブラジルを知った方がいい」。裕美さんは同年末、女性八人を集め「ブラジルを知る会」を創設した。同会は月二回、会員が持ち回りで自宅を開放、お茶を飲みながら勉強会を開いている。学ぶ科目は(一)ブラジル史(二)ラテンアメリカ史(三)宗教(四)インジオ(五)日系移民史(六)アマゾン(七)開発と環境――と広範囲。自主学習のほか、専門家の講義や現地研究旅行も行なう。今では、二十八歳から日系二世の七十歳まで女性のみ三十五人を数えるほどに成長した。
 裕美さんは「ブラジルを知る会」をきっかけに、徐々に日系社会に入り込んだ。「最初の赴任の三年間、日本人と日系人の間の隔たりを感じた」。踏み込むにも踏み込めない。かといって、拒否されているわけでもない。
 二度目のブラジル滞在で裕美さんは、両者の関係をこう分析する。
 「日系人が何十年も苦労して築き上げたものにポンと入って、おいしい汁を吸って帰るのが日本人。日系コロニア、ブラジル社会を知ろうともしない」。そして、「コロニアの人たちも自分たちの区分に境界線を引いている」とも指摘する。裕美さんは、世代交替が進む文協などに対し、「改革するなら、日系人だけでなく、日本人も抱え込んで欲しい。文協を日本人と日系人の出会いの場にして欲しい」と訴えている。
 現在、日本人よりも日系人との付き合いが多くなった裕美さんは、「ようやく、日本人と日系人の間の溝をまたいだ。でも、越えてみたら、溝なんてなかった」と笑う。
 日常生活での裕美さんは、十七、十五歳の二人の子どもを持つ母親。「子どもの安全と健康を守るのは当たり前。あとは自分自身の世界を持ちたい」と宣言する。
 夫の邦保さんは来年、帰国を予定。一方、裕美さんは、聖市パライーゾ区にアパートを購入、子どもたちが学校を卒業するまで、そこに滞在するつもりだ。「そのまま、ブラジルに居つきたい!」。裕美さんの瞳は輝いていた。
(門脇さおり記者)

■平成の自由渡航者たち=運命の出会いに翻ろうされて(1)=「そのまま居つきたい」=日本人と日系人の溝を越え

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