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コラム 樹海

 先日。インターネットで産経新聞を見ていたらお悔やみ記事の中に「滝本道生氏」の訃報が掲載されていた。杏林大学語学部長とあり呼吸不全のため死去、六二歳と報じられている。この通りなのだろうが、これだと一般には大学教授のイメージが強く伝わるけれども―滝本氏は毎日新聞の記者として活躍し七〇年代の初めにサンパウロとメキシコ支局長の任にあり新聞界きっての南米通と言われた人物である▼日系社会にとっても忘れてはいけない名物記者として記憶したい。古い話になるけれども「移民七十周年」があった一九七八年六月に文化協会で開かれた「日伯新時代と国際交流シンポジューム」を実現するために奔走した人である。小松左京と増田義郎氏やデルフィン・ネット氏など錚々たる人を集めてのシンポは移民七十周年を飾るにふさわしい極めて知的なものであった▼あの七十周年は「一世最後の式典」とも呼ばれ、移民史料館など現在の文化センターが完成するなど賑やかなものだったが、日本とブラシルとの交流を考えるうえで毎日新聞が主催したシンポは示唆に富み二十一世紀の日伯関係のあり方についても多くの提言をしている。なかでも梅棹忠夫氏が基調講演で語った「サラダ文化論」は大きな影響を与えた▼それは所謂―同化論とは対立するものであり、画期的な文化的多元主義の必要性を述べたものであるのは言うまでもない。こうしたシンポの裏方を立派にやり遂げた滝本道生氏の遺業を心に温めながら大切にしたい。 (遯)

04/05/01

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