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青森県人会が創立50年=三村知事迎えて式典=全国から県人4百人=先人しのび「新しい一歩」

10月26日(火)

 皆様方が築いてこられた数々の御功績は青森県民にとって大きな誇り、御苦労に対して心から敬意を表します――。青森県人会(清藤イナ会長)の創立五十周年式典が二十四日サンパウロ市リベルダーデ区カーザ・デ・ポルトガルで行われ、式典のため来伯していた同県の三村申吾知事はそう祝辞を贈った。式典にはベレン、マナウス、リオ、トメアスーなど全伯から県人移住者が参加し、出席者は四百人を超えた。この機会に、数十年ぶりの再会を果たした姿も見られるなど、式典は盛り上がった。
 清藤会長がまず、「私たちが今日ここにあるのは、私たちのおばあちゃん、おじいちゃん、青森県からこのブラジルに移り住んだ先人たちがいたからです」とあいさつ。
 また、三村知事も「皆様あるいは皆様の御家族の方々が、大きく希望を膨らませ、この広大なブラジル連邦共和国の地に新天地を求め、移住されてから、今日の地位を築かれるまでに、様々な苦労を重ねられてきたであろうことは、想像に難くありません」と先人の苦労をねぎらった。
 来ひん祝辞に続いて、三村知事による高齢者表彰も行われ、七人の対象者が壇上に拍手で迎えられた。
 青森県議会の西谷冽(にしやきよし)副議長が、会場を駆け回る四、五世の小さな子供を指し、「確実に五十一年目の新しい一歩を踏み出しております」と乾杯の音頭をとると大きな拍手が沸いた。
 県人会創設者の一人、故・高坂英三さんの血縁にあたる、高坂たいこさん(80、サンタ・マーロ)は「三十数人で始めた会で、最初は会館もないから私の家で新年会を開くこともあってね。ごちそうを作るのに大変だった。今、思うと懐かしい」と話した。
 マナウスから来た佐藤千代さん(87)は、移住当初サンパウロに住んでいたため、高坂さんとは旧知の仲。子弟の教育のため一度日本に帰ったが、その後アマゾンへ入植。二人が再会するのは実に数十年ぶりだった。「顔を見ることができて嬉しい」と二人は感激した様子をみせた。
 昼食後行われたサンバショーで会場が歓声に包まれる中、第七代目の会長を努めた高坂利永さん(81)は、会場入り口付近に展示されていた県人会の五十年を振り返る記録写真を眺めていた。
 「四十周年の時は私も中心となって式典を運営したんです」と懐かしそうに振り返り、「でも、これからはこんなフェスタはできないだろうなー」と少し寂しそうに語った。
 また、三村知事は青森放送らの記者の取材に対し、「四世、五世など将来の県人子弟との交流について、「県人一世の方とは別の付き合い方をしていかなければならない」とし、同県国際課の堀内芳男課長も、新しい世代との交流が今後の課題であるとしていた。

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