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昭和の息吹く舞台みせる=劇団1980が来伯

11月6日(土)

【既報関連】「素劇 あゝ東京行進曲」のブラジル・パラグアイ公演のため、東京の劇団1980の関係者三十三人が二日、来伯した。マナウスのアマゾナス劇場できょう六日上演し、サンパウロ、リオなど国内九都市を巡演する。原作は結城亮一の同名小説(本紙連載中)、劇団主宰の藤田傳が脚本、演出はミュージカルの振り付けなどで知られる関矢幸雄による。日本初のレコード歌手、佐藤千夜子の生涯を軸に、懐メロを散りばめ、激動の昭和史をあぶりだす。初演の九三年以来、三百回以上も上演してきた劇団の代表作だ。
 日本人とは何かを主題にした戯曲で評価の高い藤田は、根強い人気の秘密を主人公・佐藤の人生にみる。「壮絶な末路を迎えたスターだった。人生の光と影、そのコントラストが息吹いている」。出演する役者の多くは二十代。舞台で展開される時代の肌ざわりまでは知らない。「ぼくは七十二歳だから、登場人物である山田耕作にも実際に面会しているぐらい。若い人は実体験のない、紙の歴史として昭和を理解しているが、その紙に佐藤という血を流がすことによってリアルな実感が生まれていると思っている」と語る。
 佐藤の足跡は三人の女優が演じ分ける。歌姫として絶頂にあった時期を任せられた室井美可は昭和五〇年代生まれ。佐藤はすでにこの世の人ではなかったが、「原作を読んで千夜子の性格や考え方を知ったのですが、そんなに現代と違わないと思った。やりたいことをやりたいという感じなど、どの世代、どこの国でも通じる女性像」と話す。 三年前、文化庁派遣の芸術家交流制度でサンパウロ市に三カ月間滞在しているのが、来伯四度目となる劇団代表の柴田義之。過去にルーマニア、モルドヴァ、イタリアで海外公演も経験済み。「外国では経済大国か、あるいは伝統芸能の日本しか知らないことが多い。だが、藤田が一貫してこだわっているのは日本の裏面史。今作は薄められているが根っこは一緒」
 昭和の大衆ムードを匂いまで伝える五十数曲の懐メロが盛り込まれる。「客席が一緒に歌い出すと、向こうの方が時代を背負っているので、歌の情感でかなわないこともある。ただ、レッスンは十分積んできた。まして、音楽の国ブラジルでやるわけだから」
 その柴田が五十三歳、出演者のうち最も若い役者で二十三歳。共通するのは、映画監督の今村昌平が理事長を務める日本専門学校の卒業生であることだ。三十九歳、劇団では中堅となる澤村壱番は、「今村の考えから、農業実習を体験しているのが大きな特徴。農業と芸術は一番割りの悪い仕事と今村は言う。種をまいて実るまでの時間の長さと厳しさが似ていると……。劇団が核として共有しているのは農業ですね」
 柴田とともに、公演開催地を下見、あいさつに回っており、ブラジル公演への意欲は人一倍強い。「これで三回目ですが、来るたびに、ここで、この芝居を、という気持ちが高まる。地球の反対側にある日系社会で、日本や日本人とは何かを一緒に考えることができるのは貴重だ」
 十二月二日のイグアス移住地(パラグアイ)まで移動の多い、厳しい日程が組まれているが、若手中心で組まれたメンバーの表情は明るい。イグアスでは得意の三味線や、もちつきパフォーマンスを披露する予定があるなど、「場外」でも張り切る覚悟だ。
 俳優座に書き下ろした「日本棄民」シリーズの一部で、三池炭鉱離職者のブラジル移民を扱い、以前に取材のため来伯している藤田も、移住者との交流を楽しみにしてきた。
 「新作のアイディアを練りたい。移民百周年のときに、ブラジルのみなさんにお見せできるような作品です。マイナス的な棄民はもう卒業。次はがむしゃらに生きていく人間の活力と言うか、命の叫びを書きたい。移住者の人生が刻まれた文字を集めることができれば。ブラジルは、豊穣の文字の大地ですから」。

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