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JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(30)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=コロニアで聞く戦争体験

2006年2月23日(木)

 証言収集、という項目が業務のひとつとして挙げられているおかげで、実にたくさんの方々と話をする機会がある。テーマを絞ったり、おおざっぱに話してもらったり、いろんなインタヴューを試みてきたが、どなたから伺っても興味をひかれる話題がある。
 第二次世界大戦中(言い慣れた「太平洋戦争」ではやはりしっくりこない)、あるいはその後何年間かの経験である。ブラジル日本移民にもさまざまな戦争体験があったのだと今更ながら知りつつあるところだ。 インタヴューは難しく、いつも満足のいくものにはならないけれども、やはり直接話を聞くのは大切だと感じる。その語られ方から何かが伝わってくるときなどとくにそうだ。
 九十歳を越えた男性に敗戦を知ったときの感想を聞いたことがあった。「空虚」という言葉が返ってきた。時間をおいて同じ質問をまた違う言葉で尋ねると、しばらく沈黙があって、搾り出すようにして発せられた言葉は、またしても「空虚」だった。
 私はいたずらにこの質問を繰り返したわけではない。なんとかコロニアの「敗戦」を直観的に理解できないものかとここのところずっと感じていて、この日のやりとりのなかで、この男性なら私の知りたいことに的確に答えて下さるような予感があったからだ。 何の工夫もない簡素な問いかけだったが、その方も私の気持ちを察し期待に答えようとしてくれていたように思う。だからさらに食い下がり、もう一度尋ねてみた。
 二度目の「空虚」にたどりつく前、男性が別の表現に達する寸前まで行ったようにもみえた。たった一言で何かをつかめるかも知れない、そんな一言が出てくるような気がして、それをどうしても聞いておきたかった。
 しかし男性は、再び微妙な表情を浮かべて黙り込むと、もどかしそうで、でもとうとう諦め、言葉を見つけられず申し訳ないとでもいうようなため息まじりに「空虚でしたねえ」と言った。言葉になるまで十数秒間の、空気の張りつめようが印象に残った。
 言葉としては、結局「空虚」というたった一言に尽きたわけだが、あの場の雰囲気全体から感じて、得られたものは貴重だったと思う。
 他人の体験してきたことを、そう簡単にわかった気になってはいけないと自戒しながらも、おかげで、コロニアにいて「敗戦」を味わった人の心情に少しは近づけたようなつもりでいる。この先続けていく証言収集にも、多少違いが出てくるだろう。
 それにしても、これまであれほど空虚に響いた「空虚」を聞いたことがない。
   ◎   ◎
【職種】史料館学芸員
【出身地】高知県高知市
【年齢】40歳

 ◇JICA青年ボランティア リレーエッセイ◇
連載(29)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「サンタクルス病院にて」
連載(28)=辻 伸二=セルジッペ州日伯文化協会=歌と歩んだアラカジュの2年間
連載(27)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「アマゾンに暮らす」
連載(26)=東万梨花=トメアス総合農業協同組合=パラエンセのスピリット
連載(25)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=書道に日本語は必要?
連載(24)=原田陽子=ピラール・ド・スール文化体育協会=日本の反対側の日本
連載(23)=今井さや香=コロニアピニャール文化体育協会=「ブラジルの空の下で」
連載(22)=池田玲香=マリアルバ文化体育協会=気づいた「日本人らしさ」
連載(21)=山崎由加里=特別養護老人施設あけぼのホーム=〃家族とのつながり〃
連載(20)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=百周年に移民展を
JICA連載(19)=加藤みえ=ボツカツ日本文化協会=ボツカツから笑顔の風
JICA連載(18)=中江由美=ポルトベーリョ日系クラブ=「時の流れもお国柄」
JICA連載(17)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=パンタナールに漂う空間に出会って
JICA連載(16)=宇都宮祐子=Escola Professora Josephina de Mello(マナウス)=料理アマゾナス風
JICA連載(15)=松岡美幸=パラナ州パルマス日伯文化体育協会=「人の温かみを感じる町」
JICA連載(14)=相澤紀子=ブラジル日本語センター=「何を残して何を持ち帰るのか」
JICA連載(13)=東 万梨花=トメアス総合農業協同組合=ブラジル人から学んだ逞しくなる秘訣
JICA連載(12)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「笑顔の高校生達」
JICA連載(11)=原 規子=西部アマゾン日伯協会=元気な西部アマゾン日伯協会
JICA連載(10)=中江由美=ポルトヴェーリョ日系クラブ=「熱帯の中で暮らし始めて」
JICA連載(9)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=「日本」が仲立ちの出会い
JICA連載(8)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=日本が学ぶべきこと
JICA連載(7)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「気づかなかった素晴らしさ」
JICA連載(6)=清水祐子=パラナ老人福祉和順会=私の家族―39人の宝もの
JICA連載(5)=東 万梨花=ブラジル=トメアス総合農業共同組合=アマゾンの田舎
JICA連載(4)=相澤紀子=ブラジル=日本語センター=語り継がれる移民史を
JICA連載(3)=中村茂生=バストス日系文化体育協=よさこい節の聞こえる町で
JICA連載(2)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「きっかけに出会えた」
JICA連載(1)=関根 亮=リオ州日伯文化体育連盟=「日本が失ってしまった何か」
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