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アマゾン探検記――一戦後移民の体験――連載(9)=毒の中喬木、水に漬かる=残らず死んだ周りの魚

2006年4月4日(火)

 第四日
 腹がへっていたせいか、早く目が覚めた。焚き火は大かた灰になっていて、わずかに燻っている。口をすすぎ、顔を洗ってから、昨夜オンサがいたところを見に行く。
 あちこちに例の足跡があり、ところどころ引っ掻いた跡もある。足跡は直径二十センチくらいで、川岸にあったものと同じである。
 フィルモが「これはデカい。尻尾をいれないで体長だけで一メートル半はある大物だ。これは、オンサ・ピンタードかオンサ・アカングッスーだ。こちらが武装していたら襲ってこないが、まあ、不意を襲われないよう十分気をつけることだ」と言う。
 対岸に渡ったついでに、もう少し下まで、流れに沿って下る。すこし行くと川の中にアサクーゼイロが水の中に倒れ込んでいる。そこに死んで浮いた魚が風に吹き寄せられて、たくさん集まっている。
 死臭鼻をついて、鼻を押さえたまま、風上に走る。これで、きのう川の水に「変だな」と思ったわけが判った。アサクーゼイロは、大戟科の中喬木で、幹から出る液汁は有毒である。インジオは作った矢をこの幹に射込んで置いて、狩りに行くときに引き抜いていくという毒矢の毒でもある。
 葉や植物全体も有毒で、かつてモンテ・アレグレに入植した日本人が何も知らず、川の中に伐り倒したところ、その下流で水を飲んだり、水浴したりした人が熱を出したり、下痢したり、ジンマシンが出たりして、大騒ぎしたことがある。
 この汁液が誤って目にはいったら、それこそたいへんで、すぐ大量の水で洗って、コーチゾン製剤の目薬をささないと、めくらになることもある。
 こんな物騒な木が倒れ込んでいる止まった水は、それこそ毒の濃度も高く、棲んでいた魚は一匹残らず死んでしまった。そのため魚影を見なかったのである。そんな水を飲んでいたら、それこそ腹痛、下痢、発熱という目に遭っていたと思う。
 なんとなく「変だな」と感じるその感覚を大事にすることが、自然のなかで生きるための一つの条件でもある。
 腹もへっていたし、一応基地に帰って、食料を補給して、詳細に調査をやろうということになり、帰路に入った。
 腹がへっているので、疲労は倍加する。地下足袋は拇指が分かれて股になっているので、その股に根や切り株が引っ掛かって、足を掬われてよく転ぶ。そのときに持っている銃の口を土に突き刺して、銃口いっぱいに土が入り込む。細長い木の枝を切って土をつつき出している間に遅れる。急ごうとして小走りになると、また足をさらわれて転ぶ。
 腹がへっている上にこの有り様だから、疲れることこの上もない。弟もへたばりかけて、持っていた銃をほうり出すという。
 「それじゃ、俺が担ぐからよこせ」と弟の分も担いで歩く。なんとなく士官学校当時の耐熱不眠不休演習のときのことを思い出して一人でおかしがっていたら、弟が後ろから「兄貴、コブラだ、コブラだ」と叫ぶ。
 ツト立ち止まると、目の前にスルククー・ピッコ・デ・ジャカという奴。アメリカのガラガラ蛇のようなものであるが、尻尾を振って、カシャカシャと音を立て、鎌首を高く持ち上げている。
 とっさに、ぱっと飛び掛かり、蛇を蹴倒すと、頭を踏み付けて、踵(かかと)でグリグリッとやる。哀れや、ガラガラ蛇は頭を踏み砕かれて、しばらくくねくねやっていたが、尻尾をつかんでポーンと放り投げる。蛇は大きく弧を描いて茂みに消える。
 弟に「もう蛇は片付けたから大丈夫だ。早く歩かんと遅れてしまうぞ」とハッパをかけて歩き出す。つづく (坂口成夫さん記)

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