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今年で開植78周年=バストスで慰霊祭と敬老会

2006年6月20日(火)

 今年で開植七十八周年を迎えたサンパウロ州バストスでは十八日の入植記念日に合わせ、十七、十八の両日にそれぞれ敬老会と慰霊祭を実施した。バストス入植記念日には、三十年ほど前まで卵祭りが開かれていたが、当時サンパウロに多くいたバストス出身学生たちの里帰りの便宜を図って七月開催に変わった。その後、敬老会と慰霊祭だけが開かれるようになって今日に至っている。今年は、ブラジル対オーストラリア戦に配慮して敬老会を前日開催とした。
 昼食会を兼ねて午前十一時から行われた敬老会では、ナタリーノ・シャーガス市長、大野吾朗文協会長、阿部五郎バストス明朗会会長らの祝辞、この一年で百歳と米寿を迎えた計十名への記念品贈呈の後、バストス文協婦人会が用意した料理とまぐろの刺身に舌鼓を打った。
 敬老会はできるだけ豪勢にやろうという文協の方針で、三年前から予算を大幅に上げ、サンパウロからまぐろを取り寄せて目玉にしてきた。今年のまぐろは三十キロ(時価一千レアル)だった。
 食事後は、バストス史料館提供によるサンパウロ在住バステンセからの御祝ビデオメッセージ上映、婦人会による踊りが披露されて場を盛り上げた。
 また今回は、ふたりの司会者が会場のなごやかな雰囲気作りに一役買った。婦人会会員の鶴・西・リジアさんとJICA青年ボランティア日本語教師の亀萌実さんだ。鶴と亀、というなんともめでたい取り合わせに気づいた関係者が口説き、実現した。
 今年は、新しく七五歳になった二十一人を含む二百七十一人に招待状が発送され、およそ半数が出席した。バストスで百歳を越えるのは二人で、最高齢は百一歳の石橋ていさん。それに続く九十歳代は三十五人に上る。
 十八日の慰霊祭は、やや肌寒く感じる風の吹く夜八時から、例年よりやや少なめの約百二十人が出席して行われた。伯日両国歌斉唱、来賓による献辞と献花の後、列席者ひとりひとりが白い菊の花を供え、バストスを築き上げてきた先輩たちに向かって頭をたれた。特定の宗派によらない形式も定着し、慰霊祭らしく落ち着いた空気の中で式は行われた。
 今回は、婦人会とバストス文協日本語学校の混成コーラス隊が活躍した。国歌はもちろん、締めくくりに、会場全体に呼びかけて「ふるさと」を合唱。録音では味わえない暖かさが伝わったのか上々の評判だった。
 二日間、司会にコーラスに忙しかった亀萌実さんにとっては、赴任後初めての入植記念行事。一度も着たことのなかった着物をブラジルの敬老会で着たという。そして初めて大声で歌った「君が代」。「いい気持ちでした。そう感じる自分に驚いた」と感想を話していた。

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