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寿司は〝日本〟のシンボル=国際交流基金=森USP教授講演「食を巡る移民史」=日本食のブラジル適応を分析

2007年3月15日付け

 昨年の十一月から数度にわたって行われている専門家の日本食に関する文化講演会「味の知恵(Saberes dos Sabores)」が六日、国際交流基金サンパウロ日本文化センター多目的ホールで行われ、サンパウロ大学日本文化研究所の森幸一教授が二時間半の文化講演会を行った。当日は、調理などを専門とする教師、学生ほか、医師など百二十人以上が入場した。
 同講演会は、国際交流基金サンパウロ日本文化センターがJBC出版社、ブラジル移民百周年協会と共催で実施。サンパウロを中心とした日本食ブームを分析しながら、日本移民がブラジルの食卓に与えた影響や、ブラジル人が求める日本食について分析する目的で企画され、昨年の十一月から数度にわたって専門家が講演を行っている。
 今回は、文化人類学者でサンパウロ大学日本文化研究所の森幸一教授が、「風土とフード・食を巡る移民史」をテーマに、人類学の観点から移民の食文化の適応や、その意味の構築を追求し、日本人移民の食生活の研究を長年続けてきた研究を発表した。
 講演では、サンパウロで見られる日本食の現象に焦点を当て、「ブラジルでの日本食の適応過程」「〃外人〃(ブラジル人)が寿司・刺身を食べ始めた訳」の二点について、コーヒー農園に入った移民の代用食にはじまり、醤油、酒、日本米、食器などがメルカードに並び始めた背景や、ブラジル人が日本食を食べ始めたことに関係する日本食品店、料理店の広がり・多様性を年代ごとに分りやすく説明した。
 ブラジルでの日本食の受容の背景は、「健康への懸念が強くなったこと」「日本食がアメリカでブームとなったこと」「ジャポネースとブラジル人の緊密してきたこと」「食材が安全になったこと」「日本へのイメージが良くなった」「甘味・旨味が発見され、ブラジルに存在しなかった新しい味がでてきたこと」「寿司メン(寿司職人)の寿司に対しての工夫が高いこと」「中流階級の人間は新しいもの好きが多いこと」などと多数の要因が挙げられると森教授。
 また、「サンパウロ市は、cidade de gastronomiaという、アイデンティティーのシンボルとして寿司が食べられているのでは」と分析した。
 会場には、非日系人の料理を専門に勉強している学生、先生も多く、メモをとるなどして森教授の講義を興味深そうに聴講していた。

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