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高校生平和大使2人=欧州に派遣=被爆者協会が選考

2007年7月4日付け

 在ブラジル原爆被爆者協会(森田隆代表)は、長崎の市民団体「長崎平和大集会実行委員会」が九八年から実施している「高校生平和大使」初のブラジル代表者二人を、先月二十三日選考した。八月十九日から二十六日まで国連欧州本部(スイス・ジュネーブ)で開催される平和に向けた会議に「高校生一万人署名」を提出する。
 「高校生平和大使」は核兵器廃絶と平和な世界の実現にむけて、被爆地の願いを世界に伝えることを目的に毎年実施。今年は十周年の節目を迎えたことから、はじめてブラジル代表の派遣がきまった。
 目的は、核兵器廃絶と世界の平和を願う長崎・広島・日本の声を世界に届けること。高校生一万人署名を届ける、NGO団体との交流や平和関係施設の見学により平和の尊さを学ぶ、という条件で、五月十五日までに全伯の高校生三十六人が応募、書類選考の後十二人に絞られ、先月二十三日、同協会で十三人の審査員立会いの中で面接が行われた。
 高校生平和大使に選ばれたのは、今回応募者の中で最も遠隔地リオ在住の藤川優美子さん(15、日系三世)と、サンパウロ在住のマルセロ・ドス・サントス・クレメルさん(15)。
 藤川さんは、面接当日が十五歳の誕生日で、平和大使と告げられた瞬間涙を流していた。「記憶に残る誕生日になった。面接中はすごく緊張して言いたいことが全て言えなかったが、とにかく平和大使になれて嬉しい」と喜びと驚きの様子。
 「世界平和の役に立ち、若者に伝えていくことが大事」と抱負を語った。
 マルセロさんは「学校などで、森田さんの長崎・広島の原爆の講演を聞いて平和について興味を持ち、今回志望した。まだ実感が沸かないが、とても光栄に思う。面接では緊張して言葉が出てこなかった。ブラジルの代表となるのが夢だった」と心境を語る。「世界でこういう活動を毎年して、広めていくことが私の仕事」と意気込みをみせた。
 平和大使が決まった瞬間、藤川さんとマルセロさんの両親の嬉し泣き、選にもれた参加者の悔し泣きの姿も見られた。最後は、選ばれた二人と落選した人たちが、平和の願いを込めて全員が抱き合っていた。
 森田会長は「今回応募した人たち全員が大使になってもおかしくなかった。特に選ばれた二人は平和への意欲が強く冷静さを保っていた」と話す。
 審査員らは「二人とも英語が話せたのが大きい。特に藤川さんは日本語、ポルトガル語の三カ国語ができたのが印象的だった」と語った。
 派遣団は長崎から三人、日本各地から二人、ブラジルから二人、韓国から一人。期間は今年八月十九日から二十六日まで。国連欧州本部(スイス・ジュネーブ)ほか、スイス国内、オランダ(アムステルダム市、アンネ・フランクの隠れ家)、韓国・ソウル(在韓被爆者)、リヒテンシュタインを訪問する。
 また大使たちは、同大使派遣がきっかけとなって始まった「高校生一万人署名」を国連に届け、平和を願うスピーチをする。

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