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アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から――=連載《第3回》=ジャカレーに舌はあるか?=火事のとき見せる〃母性愛〃

2007年8月29日付け

アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(3)=ジャカレーに舌はあるか?=火事のとき見せる〃母性愛〃

 ◇鰐の話(3)
 小魚が寄って来て、腐った中雛から落ちる蛆を食べる。腐った肉の臭いにひかれて、夜暗くなったらジャカレーがそろそろお出ましになる。中雛は水面上十五センチくらいにしてあるので、小魚では飛び上がっても届かない。
 ジャカレーは、飛び上がってパクリとやると、水の中にグーンと引き込む。糸はずんずん伸びて、太い枝のところまでくると、グイと止まると同時に、反対側に引っ張られる。これで呑み込みかけていた餌は崩れて、錨状の釣り針がガッキリ喉に喰いこんで、二進も三進もいかなくなる。ジャカレーは慌てて上へ下へ、左に右に、と暴れまわるが、どうにもならぬ。そのうちに糸が水中に沈んでいる木の枝などに絡まってしまって、身動きができなくなってしまう。
 翌日、朝、見に行くと、水は一面に濁っていて、今述べたような状況を裏書していた。しばらく待つと、水の流れで少しずつ澄み出し、水の底にジャカレーが一匹腹を上にしているのが見える。棒でつついて見るが、反応はない。水の底で動けなくなり、息をしに上に出ることができずに、哀れや溺死してしまったものらしい。
 絡んでいる糸を外し、木の枝を切って引き上げてみる。一メートル半そこそこである。そこで待望の口をアングリ開けてみる。何と舌らしいものはかけらもない。「ジャカレーに舌がないとは知らなんだ」と言ったら、女中がしたり顔をして、こういう話をしてくれた。
 ――昔々、ジャカレーには舌があった。それで、毎日まいにち水のほとりで、美しい声で歌を歌っていた。そして、犬には舌がなかった。犬はジャカレーが羨ましくて仕方がなかったが、ある日、ジャカレーに「ジャカレー君、君たちは毎日まいにち川のほとりで美しい声で歌って楽しんでいて、羨ましい限りだ。それに引き換え、われわれ犬には舌がないので、それもかなわない。どうだろう、一日だけでいいから、その舌を貸して貰えないだろうか」と頼み込む。ジャカレーは「それはお気の毒。一日だけでよいなら、貸してあげましょう」と犬に舌を貸した。犬はお世辞たらたらで借りていったが、それっきり舌を返さない。
 それで、今でもジャカレーは犬を見ると襲い掛かる。犬もジャカレーを見ると、吠え掛かる。犬猿の仲どころではない。私(女中)も一回、カノアで川を渡っているとき、犬があとをついて泳いできていた。それが急に水の中にスッと引き込まれ、それっきり浮いてこなかったのを見ている――
 このようなわけでジャカレーと犬は仲が悪く、ジャカレーには舌がないとのことである。
 人から聞いた話であるが、ジャカレーが抱卵するのは乾季である。夜、歩いていて、いきなり目の前にでっかいジャカレーの口を見てびっくりすることもある由である。
 乾季も盛りになると、生えた草も枯れてくる。そこで誰かが捨てたタバコの火くらいですぐ燃え広がる。この野火が近づくと、ジャカレーは近くの水で身体を濡らして、草の上を転がり、草を濡らして火を防ぐのに懸命である。
 それでも激しい野火がくると、その跡に黒焦げになったジャカレーの死体がある。転がしてみると、その下に完全なジャカレーの卵がたくさんある。仔を守るため、大童で水を運んだり、末はみずからの身を犠牲にして、仔を救おうとする。ジャカレーの母性愛に思わずホロリとさせられるということである。つづく(アレンケール在住、坂口成夫)


アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(1)=獰猛なジャカレー・アッスー=抱いている卵を騙し取る猿

アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(2)=示現流の右上段の構えから=ジャカレーの首の付け根へ…

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