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井上祐見 サンパウロ市公演=新曲『笠戸丸』に涙、涙=「自分達のことを歌っている」=セッちゃん、龍千多さん=舞いで友情出演

ニッケイ新聞 2008年7月12日付け

 百周年を記念した新曲『オブリガーダ笠戸丸』をひっさげてきたコロニアが育てた演歌歌手、井上祐見さん(32、横浜在住)の南米公演十周年記念ショーが六日午後、文協大講堂で行われ、近隣でイベントがたて込む中にも関わらず、熱心なファンら約八百人が詰めかけた。
 今年三十周年を迎える伝統の丹下セツ子太鼓道場が特別に出演して勇壮な和太鼓を披露し、井上さんは初めて太鼓を叩くパフォーマンスを見せ、元気いっぱいに「河内男節」や「祭り」を歌った。
 藤瀬圭子さんが司会をつとめる中、友情出演した花柳龍千多さんが「佐渡情話」で舞い、丹下セツ子さんは槍を持って一人で「黒田節」を演じ、負傷から回復したばかりとは思えない見事な足さばきをみせた。
 ひばりメドレーでは観客全員に振り付けを教え、四人を舞台に上げて会場が一体になって盛り上がった。初代南米ファンクラブ会長だった安藤都明さん(愛知県人会長)や小篠マリオ元サンパウロ市議ら、世話になった故人への感謝のメッセージが読み上げられ、観客は静かに聞き入った。
 第二部の冒頭では、井上さんを扱ったNHK神戸の映像が流され、続いて、最後の笠戸丸移民だった故・中川トミさんの人生を振り返る文章を井上さんが朗読し、座ったままじっくりと新曲を歌い上げた。
 「良かったよ!」との声が客席から飛び、『ソウ・ジャポネーザ』以上に、客席のあちこちで涙をふく姿が見られた。一昨年結婚した井上さんは途中、『母と娘』を歌う前には「私も今年出産し、母の偉大さがもっと分かるようになった」との真情も初めて吐露した。
 三時間の長丁場にも関わらず、最後まで観客は聞き入った。
 ショーのあと小山昭朗ファンクラブ会長は、「祐見ちゃんは子供を生んで、より深みのある歌い方をするようになった」を喜んだ。
 井上さんが二回公演しているパラグアイのピラポ移住地からも十人が来場、その一人の園田メグムさん(62、愛媛県出身)は、「すごい良かった。以前よりパワーアップしている」とのべ、「祐見ちゃんのショーを見るために昨日のゲートボール大会ではワザと負けた」とジョークを飛ばし、周りを笑わせた。
 四年ほど前から井上さんの公演に毎年通っているモジ市在住の松野忠蔵さん(75、福島県出身)。今回もスザノ公演を見て感動し、サンパウロ市公演にも足を運び、最前列で食い入るようにみていた。新曲『~笠戸丸』を聞いた感想を訊ねると、「何度も涙がこぼれた。三歳で日本から来たが、僕はやっぱり日本人だとしみじみ感じる。父母の苦労を思いだした」と語った。
 定番となった『ソウ・ジャポネーザ』に関しても「いつもお母さんから、神戸で泣き別れしてきた話を聞いていたから、まるで歌の情景そのもの。自分たちのことを歌ってくれていると感じる」と感激した面持ちで語った。

歌に込めたこだわり=特別な歌『笠戸丸』

 今回の来伯ではまず、百年前に笠戸丸が錨を降ろしたまさにその場所、サントスの十四番埠頭で新曲『オブリガーダ笠戸丸』を披露した。昨年からの計画だった。四月二十八日には神戸の百周年式典で初披露し、笠戸丸と同じ日程で、この歌も海を越えたことになる。
 続いて、笠戸丸移民が最初に入ったグアタパラ耕地と同じ地域にある、グアタパラ移住地にも六月二十六日から二日間訪れた。
 二十七日午前、同地文協の新田築副会長の案内で、笠戸丸移民時代の無縁墓地を探して手を合わせた。今回二度目。前回も無縁墓地を探したが見つからなかった、という曰く付きの場所だ。「今回は絶対に訪ねたかった」。普段は口数の少ない井上さんだが、こだわりを秘めている。
 車を降りてから藪の中をかき分けて五分ほど探した。「スカートで行ったので、足がブヨに刺されて大変なことになっちゃいました」と井上さんはあっけからんという。
 中嶋年張マネージャーは「本当に数十カ所もさされて足が真っ赤になっちゃたんですよ。そんなに痛い思いをしたわりに、本人は意外と後悔してないようです。なにか、先人の苦労に通じるものを感じたのでしょうか」という。
 そのすぐ後、将来的にコロニアに寄付される予定になっているコーヒー精製所跡地の前で新曲『オブリガーダ笠戸丸』を精魂込めて歌ったという。実際に聞いていたのは文協役員ら十人だけだったが、笠戸丸移民に縁の深い場所だけに、井上さんは「とても充実した気分。鎮魂歌のつもりで歌いました」。
 自身のデビュー十周年、移民百周年を記念する曲には、井上さんの強い想いが込められているようだ。

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