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日伯論談=テーマ「日伯経済交流」=第49回・終=鈴木勝也=日本ブラジル中央協会理事長=元駐伯日本国大使=両洋間連絡路建設の夢

2010年5月8日付け

 駐ブラジル日本大使として3年間連邦首都のブラジリアに勤務し、離任してから約8年が過ぎた。ブラジルにはズブの素人として着任したので、在任中どれだけお役に立てたかは全く自信がないが、ブラジルや南米については随分多くのことを学んだ。日本に帰ってからも繰り返し考えるのは、ブラジルが、米国と同様の広大な国土、億単位の大きな人口と豊富な天然資源を持つ国なのに、何故米国は世界一の超大国になり、ブラジルはようやくBRICsの一員に数えられる程度に留まっているのかということである。
 この問題については、今日まで自問自答を続けているが、ひとつの大きな理由は、米国が大西洋と太平洋に共に出口を持ついわゆる「両洋国家」であるのに対しブラジルは大西洋にしか出口がないいわゆる「大西洋国家」だという違いだと思う。
 ブラジルの主要な都市は、いずれも大西洋に面した港町であり、内陸部は未開の奥地のまま長年推移してきた。サンパウロやリオの知識階級にとってはパリ、ロンドンやニューヨークの方がクイアバやボア・ヴィスタより余程親しみがあったのだと思う。
 しかし、ブラジルの重心を大西洋岸から内陸部に向けて動かす努力は、1960年の連邦首都移転等着実に見られる。この点で忘れてはならないのが、日本が協力したプロデセール事業である。内陸部の不毛の地が、今や一大穀倉地帯に変わりつつある。南部から移り住んだドイツ系や日系の農民が、いわゆる「セラード」を青々とした穀倉地帯に変えつつある。
 高度に機械化された内陸部の農業は、無数の貧しい農民の存在を前提とした東北伯臨海部の伝統的農業とは全く違い、米国の中西部を思わせるものがある。今は、そこで生産された大豆やトウモロコシは、中国その他のアジア諸国に輸出されているが、積み出しは、いずれも大西洋岸の港からである。
 ブラジルの内陸部が生産する食用や飼料用の穀物の主たる需要地は今後益々東アジアになる。人口が多く、しかも、経済成長が早いから、動物蛋白の摂取量も年々増加しているからである。私が、日本の大使としてクイアバ、ポルト・ヴェーリョ、リオ・ブランコ等内陸部の州都を訪ねた時、州知事等地元の有力者が口を揃えて熱弁していたのは、太平洋への出口(saida para o Pacifico)ないし両洋間連絡路(corredores bioceanicos)の必要性だったことを思い出す。
 将来とも征服等によりブラジルの領土が太平洋に達することはないだろうが、今の時代には、例えば、南米首脳会議のような国際協力の枠組みがあり、現に同首脳会議が近年採択した南米のインフラ改善計画のリストにはこの両洋間連絡路の建設も含まれていると承知する。
 私が日本の大使としてブラジル西端のアクレ州の州都リオ・ブランコを訪ねたときに聞いたことだが、同州西部のクルゼイロ・ド・スルからペルー太平洋岸のトルヒーヨまでは直線距離で700キロ強しかないのである。これは、飛行機で約1時間のブラジリアーサンパウロ間より短い距離であるが、その間には、世界有数の地震地帯で5千メートルを超えるアンデスの峰々が立ちはだかっている。
 アンデス山脈を貫く道路・鉄道のトンネルを建設するとすれば、地震地帯での土木建設に多くの経験を持つ我が国の技術が大いに役立つ筈である。また、このプロジェクトには、当然巨額の資金が必要になるが、我が国は、官民でこれに応じ得る数少ない国のひとつである。しかも、昨今の我が国では、公共事業の予算が激減し、これからの土建業は海外での事業に生き残りの途を模索しており、政府もこれを資金面から支援しようとようやく重い腰を上げつつある。
 もし、このような両洋間連絡路が出来れば、ブラジル内陸部で生産された穀物は、高速貨物鉄道で太平洋岸の港に運ばれ、巨大な貨物船で太平洋を横断し、中国等の需要地に速やかに送り込まれることになる。
 しかし、効果は決してそれだけではない。ブラジルは、太平洋にも出口を持つ国になり、アジアの動きにも米国のように敏感に反応する国になる筈であり、このことは、21世紀がアジアの世紀だといわれていることを考えれば、ブラジル自身にとって非常に重要なことだと思う。
 もとより、両洋間連絡路も1本では済まず、最終的には複数のルートになるだろう。しかし、最初の1本の建設には、特別な意味がある。また、穀物や鉄鉱石の対中輸出には役立つとしても、アジア側からの帰りの荷物がないという人もある。しかし、アジア、そして中国は今や世界の工場になっているから、インフラが整備されれば、輸送の需要は必ず付いてくる筈である。
 我が国のブラジルに対する貢献は、第1期は日系移民の貢献であり、第2期は、ウジミナス等のナショナル・プロジェクトとセラード開発であるが、更に第3期としては、近い将来、両洋間連絡路の建設に協力し、この国を大西洋と太平洋の双方に目配りする米国のような真の大国に発展させることを真剣に考えるべきだと思う。

鈴木勝也(すずき かつなり)

 東京都出身。東京大学法学部を卒業し、外務省入省。1999年から2002年までブラジル大使。情報調査局長、総理府国際平和協力本部事務局長、ベトナム大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを歴任、05年同省退官。現職は帝人株式会社独立社外取締役、日本ブラジル中央協会理事長。71歳。

※この寄稿は(社)日本ブラジル中央協会の協力により実現しました。

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