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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年8月20日付け

 今や超人気の「ラーメン」を列島で最初に食べたのは誰か?水戸藩主の徳川光圀公—というよりは水戸の黄門さまなのだという。あの水戸の名産・納豆も大好きだったらしい。黄門さまは、諸国漫遊で親しまれているが、忘れてならないのは「大日本史」の編纂であり、明の遺臣・朱舜水を招き、自ら弟子の礼をとったとされる。この師匠が「支那そば」を調理し、光圀公は大喜びだったそうな▼悪代官を戒め、窮民救恤などの漫遊は、幕末の講釈師がつくりあげたのだが、庶民はこの語りを好み釈場は大賑わい。我が移民の笠戸丸より前の1910年には、尾上松之助の「水戸黄門記」が映画化されている。無論、無声映画だが、このフイルムに映写組と弁士が一緒になって全国の村や町を巡回したのだから—何とも楽しいではないか▼あれから100年がすぎた現在でも、黄門人気は高い。テレビ時代になると、月形龍之助が忘れ難いし、東野英治郎もいい。2代目は西村晃だが、この役者も舞台で活躍し、映画「マタギ」の名演技が懐かしい。3代は佐野浅夫で4代が石坂浩二と続く。そして—東野黄門さまの助さんで武勇伝の里見浩太郎が大出世し「天下の副将軍」になったと思ったら—番組廃止とは眞に無念▼東野黄門から約40年になるが、この番組は演出の不味さか、演技にリアリティがない。助さん、格さんの殺陣が形式美だけになり、チャンバラの面白さがない。この辺りの諸般を勘案すれば、勧善懲悪の看板も生きるし、マンネリ版の黄門さまも茶の間や居酒屋の話題になるのは必定と請け合いなのにー。(遯)

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