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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月8日付け

 日系人の中央政界への進出は故・田村幸重氏が下議になったのが初めてであり、故・平田ジョアン進氏がこれに続く。田村氏は、革新色が濃く軍事政権に抵抗し議席を剥奪されるの苦労も多かったが、平田氏は学生の頃からソドレー元知事(外務大臣)と友人であり、保守系ながらブラジルと日本の関係を近づけようと尽瘁した。この系統を引き継いだのが、故・野村丈吾、上野アントニオ義雄下議だと思う▼野村さんは外交委員長になり、上野さんは伯日議員連盟の会長を務め、日本にも知友の国会議員が多い。それにもまして下院議員を32年も務め、新記録となりコロニアでも大いなる話題になった。サンパウロのガ・ブエノ街の巷に集まったご老人たちが、ニコニコと笑顔で「上野さんの噺」に華を咲かせたのも好い想い出である▼勿論、政治的活動の基盤であるパラナ州での人気は凄い。選挙ともなれば、上野さんは背広から農村風のに着替えボッタを履いて田舎廻りをする。この気安さが年老いた一世や若い二世を大喜びさせたと、ロンドリーナの野村ファンの古老から耳にしたが、こんな市民らの底力が梃子になり、あの政治的な力になったのに違いない。上野下議は、県連創立の功労者の父・米蔵さんから、組織造りと世話好きの気質を譲り受けたと見たい▼政治家として伯日親善のために働いた上野義雄・下院議員の生涯は、日伯関係の歴史に刻まれるべきだし、クリチーバの工業団地を成功に導いた努力もあるし、実業家としの功績も評価したい。日本より勲一等瑞宝章を受け見事なばかりの人生を送った。享年88。(遯)

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