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【祝 福博村入植80周年】父子で村会を守る=上野博、ジョルジ会長

ニッケイ新聞 2011年10月22日付け

 上野ジョルジ会長の厳父上野博さん(熊本県出身、次男、1922〜2002)は1927年に祖父正喜、祖母トメヲさんらと渡伯、リンスの第二上塚植民地に契約移民として入植した。
 46年に福博村のパウメイラス区に移転、養鶏と炭焼きのためのユーカリを兼業で植林した。4年後の50年、同村内のエストラーダ・コヤマに移転し、ジャガイモ、トマトなど野菜を作る傍ら乳牛を飼育した。51年、博さんたち仲間十数人で福博村酪農組合を組織、ブラジル製、日本製の人工授精器を使って優良な乳牛を生産、スザノ市の牛乳市場をすべて占めたこともあった。牛に病気が入ったため、コチア青年を雇用してカーネーションの路地栽培を始め、電照菊栽培を9年間続けた。ハウスではレタス、ピーマン、日本キューリ、ミニトマトを作った。
 1983から85年まで福博村会会長を務めたほか、パウメイラ植民地会長、スザノ花卉協会会長、汎スザノ文化体育農事協会理事長を務めた。
 母の秀子さん(宮城県出身、1928〜2010)も福博村会婦人会長(1986〜89)を務めている。
 ジョルジ会長は1949年7月3日、パウメイラスに生まれ、73年まで農業。同年繊維染色会社に就職し、80年に同社の共同経営者となり、95年の同社破産を機に独立し繊維染色会社設立。05年4月スザノ市役所商工業部長に就任、08年市議会議員に立候補し現在、市長補佐官(12年まで)。
 77年にモジ・ダス・クルーゼス市のブラスクーバス大学経営学科を卒業、2000から02年まで初の大卒会長として第13代福博村会会長と10年から12年まで第17代会長を務めている。
 村会の定款改正と共に会則制定、登録、スザノ市とのブラジル校校舎の譲渡交渉契約など公的業務をこなし、傘下の各会を部門制度に改正、正月の拝賀式で約1時間の全員起立したままの式典を、座って実施するように改善、更衣室設置、観客が楽しめるような運動会の実施、音響装置購入、会館の防犯対策など細かい気配りをしながら村会を維持、盛り立てている。
 ほかに汎スザノ文化体育農事協会理事長(2005〜08)、同評議員会長(2011〜12)、ブラジル日本移民百周年記念スザノ市実行委員長(2008)、サンパウロ援護協会理事(2009〜10)、同評議員会第1書記(2011〜12)、スザノ・イペランジアホーム副委員長(2008〜11)。
 スザノ市の日系市民代表として姉妹都市の石川県小松市を訪問、2001年に副市長随行員、06年に市長夫妻随行員兼少年野球団長として2回訪日している。
 1978年1月28日に真知子さんと結婚、3女1男をもうけた。真知子さんは福博村会婦人会長(2010〜11)、汎スザノ文化体育農事協会婦人会長(2008〜09)を務めている。

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