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【高拓生入植80周年】アマゾンに産業興す=一石二鳥の有益事業

ニッケイ新聞 2011年11月25日付け

 ゴム産業が衰退していた当時、アマゾナス州は百万ヘクタールの土地の無償譲渡と引き換えに日本人移住者の受け入れを図った。
 1930年、〃アマゾン開拓の父〃故上塚司はパリンチンス市下流をヴィラ・アマゾニアと命名し、アマゾニア産業研究所を建設。続いて、開拓の人材育成のため国士館高等拓殖学校(後の日本高等拓殖学校)を設立した。
 1931年〜37年まで卒業生248人が来伯、1年間の農業実習訓練後に開拓に携わった。
 当時、コーヒー豆の輸出に欠かせない袋には麻が不可欠だが、当時は輸入に頼っていた。麻を国産化することは当時の伯国政府の悲願であり、アマゾンに産業を興し、外貨獲得に益する一石二鳥の事業だった。
 2回生尾山萬馬の父良太が優良種を発見したことで、ジュートは一大産業に成長、アマゾン経済を支えた。
 大戦時の騒乱で高拓生らは四散し、多くは既に逝去した。現在の生存者は同市在住の東海林さんと千葉守さん、パラー州在住の清水耕治さんの3人のみとなった。
 高拓生は毎年集って親睦を深めてきたが、戦時中の苦い思いをかみ締めながらも式典以上の活動に発展することはなかった。

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