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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第16回

ニッケイ新聞 2013年2月19日

 児玉はその日の原稿を書き終えると、毎晩サンパウロ市内のバーを飲み歩いていた。バーは大きく三つにわかれている。一つは東洋人街と呼ばれるリベルダーデ区に集中している日系人経営のバーだ。東洋人街のメインストリートでも呼ぶべきカルボン・ブエノ街周辺に長良、柳、エメラルドなどのバーはもとより日の出、でいご、末広などの赤提灯の一杯飲み屋もあった。この界隈は日本語が通じるためにポルトガル語を使うことはほとんどなかった。
 同じように進出企業の駐在員連中が行くバーも日本語が使われた。オフィス街であるパウリスタ通りの主だったビルには進出企業が入っていたが、この界隈にはモンブラン、赤坂、本丸などの銀座並みの値段を取る高級バーがあった。
 ホステスはほとんどが日系二世、三世の女性で、しかも彼女たちは日本語をかなり流暢に話すことができた。児玉は最初のうちは新聞社の先輩記者に連れられて、東洋人街のバーを飲み歩いていたがすぐにあきた。日本で生まれた一世の移民にとっては、移住してきた頃に流行っていた懐かしのメロディーや最近の演歌が流れるこうしたバーは郷愁を満たしてくれる場ではあっても、日本からきたばかりの児玉には新宿の居酒屋で飲んでいるようで、ブラジルに来た実感が湧かなかった。
 そのため児玉は言葉もろくにできないままブラジル人の集まるボアッチに足を向けた。サンパウロの中心はカテドラル・セ(セ大寺院)で、リベルダーデ通りをセ大寺院に向かって歩き、ジョン・メンデス広場を左折し、古いビルが建ち並ぶサン・ルイス通りに出る。イピランガ通りとの交差点にヒルトンホテルがあり、そこからレプブリカ公園の周辺にボアッチが集中していた。
 レプブリカ公園は亜熱帯性の樹木が生い茂る緑の多い公園で、昼休みにはサラリーマンや学生が寛いでいる姿が目立つ。しかし夜になるとその様相は一変する。ゲイがパートナーを求めて集まってくる。ゲイに興味のない者が夜この公園に足を踏み入れることはない。
 児玉が頻繁に通うようになったボアッチは、小さな通りをはさんでヒルトンホテルの真向かいにあるブルーのネオンがかかったミッシェルという店だった。
 ボアッチが開くのは夜の十時過ぎで、女性が集まってくるのも十一時頃からだ。それから夜が明けるまで営業している。ミッシェルには広いダンスフロアがあり、若い女性が店内に流れるサンバに合わせて踊っている。疲れると彼女たちはダンスフロアの横にあるテーブル席で休憩する。しかし彼女たちの視線は店の男性客に常に注がれる。
 女性たちは客が一人でテーブルに着いても、決してそこに座ろうとはしない。客から誘いの声が掛かるまでは、ダンスフロアで踊るかテーブルで寛いでいる。児玉は一人でミッシェルに入った。他の客がするように、児玉も何も注文もせずにダンスフロアで踊っている女性を眺めていた。しばらくするとストロボが点滅しミラーボールが光る店内に目が慣れてくる。ジーンズにTシャツというラフな格好の女性もいれば、そのまま海に行って泳げるような姿をしている者もいる。ロングドレスを着ている三十代後半の女性もいた。
 彼女たちは自分の思い思いの格好で店にやってきたが、同じように彼女たちの肌の色もまちまちだった。白人もいれば黒人もいた。日系人なのか中国系なのか、東洋的な顔立ちの女性もいた。しかし、多くは茶褐色をしたモレーナと呼ばれる女性だった。
 児玉は浅黒い肌をした彫りの深い顔立ちの瞳の大きい女性に目が行った。胸のボタンを三つはずした白いブラウスから豊かなバストがのぞき、サンバのステップを踏む度に激しく揺れていた。ジーンズには美しいヒップラインがくっきりと現われ、児玉の視線は彼女の踊りに釘付けされたままだった。


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