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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第31回

ニッケイ新聞 2013年3月12日

「それでどうする気なんだ」
「説得します」佐織が今にも泣き出しそうな顔で答えた。
「自信はあるのか」
「説得してみないとわかりません」
「説得できなかった時はどうするんだ」
 再び佐織は沈黙してしまった。こうしたカップルのほとんどが結婚には至らず別れてしまうケースを、小宮はどれほど見たり聞いたりしてきただろうか。結婚にまつわる興信所の調査内容の九割は、部落出身かそうでないかの調査だといわれている。興信所はありとあらゆる手段を使って戸籍謄本を取り寄せ、自分たちで収集している部落の所在を記した資料と照合する。佐織の両親は興信所の調査報告書で、小宮が部落出身であることを知ったのだろう。
「両親を必ず説得します。その時間をしばらく下さい」
「俺は説得できなかったら、どうするんだと聞いているんだ」
「説得すると言っているでしょう」
 佐織はついに泣き出してしまった。その夜、小宮はドライブをそこそこに切り上げて彼女を自宅付近まで送り届けて帰宅した。
 それから三週間後、小宮は佐織から電話を受けた。いつもの喫茶店で会いたいという短いメッセージだった。
 駅前の喫茶店には佐織の方が先に着いていた。小宮には佐織は怒っているようにも、怯えているようにも見えた。これまで見たことのない佐織の表情だった。小宮が席に着くなり佐織が言った。
「お話があります」
「何だい」
「怒るかもしれないけど、聞いて下さい。小宮さん、どこかよその家に養子に出てくれませんか」
 小宮はどう答えていいのかわからなかった。佐織はそれまで何度も反復練習をしてきたような口調で、小宮に口を挟ませないで続けて言った。
「私たちが結婚するには、この方法しかないんです」
「なんで俺が養子にいかなければ、結婚できないんだ」
「新しいおうちの子としてなら結婚できるんです」
「俺の家が何か悪いことしたのか」小宮は冷淡な口調で聞いた。
「あなたが悪いわけではないんです」佐織は泣きながら答えた。
「俺は悪くないが、部落が悪いのか」小宮は不貞腐れて言い放った。
 佐織の両親の考えが小宮には手にとるようにわかった。それ以上その場にいる気にはなれなかった。
「俺は帰る」
 小宮はこう言って、一人で喫茶店を出ようとした。
 佐織は周囲の目も気にせず泣きながら言った。
「私はあなたを愛しています。あなたと結婚したい。両親も親戚も皆反対しているんです。周りから祝福されない結婚はできません。結婚するにはこの方法しかないんです」
 佐織は小宮に訴えているようでもあり、最大限の努力を払ったと自分自身を納得させているようでもあった。小宮は最後まで聞かずに席を立った。
 その夜、小宮は一睡もできなかった。
 夜が明けるのを待って、小宮は佐織の両親を訪ねた。何故、結婚を許してもらえないのか、それをはっきりと確かめるためだった。小宮は内心では門前払いにされると思っていた。それでもとにかく親に会い、直接確かめなければ自分の気持ちが治まりそうにもなかった。
 小宮は車を飛ばして佐織の家に車を乗り入れた。庭には手入れの行き届いた盆栽や植え込みがあり、武政太一は庭の手入れの最中だった。車から下りた小宮を見ただけで武政はその目的を悟ったのか、小宮を応接間に招き入れた。


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