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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第53回


ニッケイ新聞 2013年4月13日

 家に残されたものと言えば、食器に鍋、釜、布団に衣類で母娘が最低の生活を維持するだけのものしかなかった。
「進学費用のことは心配しなくていいわ。私も奨学金を取るから」
 幸代は神奈川の名門、県立S高校に五本の指にはいる上位の成績で合格、約束通り育英会の奨学金を獲得した。生活費は仁貞の内職や日雇いの仕事で賄った。幸代も内職を手伝ったり、アルバイトをしたりして家計を助けた。

 二人だけの生活も幸代が高校を卒業する頃には当たり前のものになっていた。幸代は高校を常にトップの成績で過ごし、私大ならばどこの大学でも推薦入学が可能だった。しかし、私大に進学する余裕があるはずもなかった。生活するだけで精一杯で受験費用もままならない状態だった。
 S高校の担任教師は彼女に大学進学を当然進めたが、受験をせずに高校を卒業した。進学校のためにほとんどの生徒が進学するか、あるいは一年浪人して目標の大学を目指した。孤島に一人とり残されたような寂寥感が卒業式の時にはあった。
 高校在学中に、日本人の友人ができなかったわけではない。しかし、幸代にはどこか冷めているところがあった。それは在日であるということが抜きさしがたく影響していた。成績優秀な日本人の学生は東大、早稲田、慶応大学に進学し、自分の将来に若者らしい夢を膨らませていた。「弁護士」「商社マン」「外交官」「作家」などと具体的な職業を上げて、熱い口調で語る彼らの中にはどうしても身を置くことができなかった。
 いったい、自分は数年後、どんな生き方をしているのだろうか。いくら考えても何も浮かんではこなかった。第一、日本で暮らしているのかどうかもわからなかった。まだ見ぬ祖国での生活などなおさら想像ができなかった。結局幸代にはその日一日をなんとか生きる、そんな生き方しかできないと思った。
 卒業後は母親の知人が経営する焼き肉屋でアルバイトをすることにした。事業に成功した在日といえば、焼肉屋かパチンコ店の経営者と相場は決まっていた。幸代はパチンコ店にだけは行きたくなかった。あの騒音とタバコの煙のむせ返る店内を想像しただけでも気分が悪くなる。
 焼肉店の経営者は幸代の家族がすでに共和国へ帰国していることを知っていて、「帰国が決まるまでの間」という条件で幸代をアルバイトとして採用してくれた。焼肉店の一年は瞬く間に過ぎ去った。
 生活は母親の収入を合わせればなんとか二人で暮らしていくことは可能だった。朝の九時には店に出て店内を清掃し、営業の準備を整える。彼女の役目は注文を取り、それをテーブルまで運ぶ。気の遠くなるほどのカルビやタン塩を客に出すだけで一生を終わるのかと思ったら、何もかも放り出して逃げ出したい衝動に何度もかられた。
 家に帰ると衣服だけではなく髪にまで焼肉の煙が染み込んでいた。いくら洗ってもその臭いは落ちそうにもなかった。あまりのしつこい臭いに、幸代は母親に髪の臭いを嗅いでもらったことがある。母親はシャンプーの香りしかしないと言った。しかし、何度洗っても幸代の嗅覚は麻痺し、焼肉の煙とキムチの臭いしか感じられなかった。
 こんな生活から抜け出すためには、やはり大学で学び定職に就く以外に道はないと幸代は思った。在日の中には大学を卒業しても、日本の企業が採用するはずがないと最初から進学を諦めているものもいた。しかし、宝くじでも当てて幸代が大金を手にしない限り、焼肉の煙から逃れることはできないのだ。
 二年目のアルバイトは時間を少し減らしてもらい受験勉強にあてた。高校の成績はずば抜けていた。さほど勉強しなくても早稲田や慶応には合格する自信は幸代にはあった。最初は国立大学に進もうかと考えた。全国レベルの予備校の模擬試験でも彼女の成績は東大合格率を七五パーセント以上とはじき出していた。


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