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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年8月3日

 もう50年近くも昔の話になるが、駆け出しの頃—文化協会の会長室でキャンパスのバックを灰色で塗りコーヒーの収穫風景を描いた絵画を観て「いいな」と思い、事務局長だった故藤井卓治氏に話すと「あれは半田知雄だよ」と教えてもらった。この画家はブラジルの農村やファゼンダを温かい心で見つめ絵筆を取った作品が多く、遺作もいっぱいある▼半田さんには「移民の生活と歴史」という大著があり、日本人移民の研究の宝庫とされ、「移民史年表」という貴重な書籍も上梓し文筆家としての活躍も素晴らしい。だが、やはり本業は画家であったと思いたい。先ごろ、田中慎二氏が「移民画家 半田知雄 その生涯」(人文研)を刊行したが、この「移民画家」に最もふさわしいのが、半田さんであった▼勿論、半田さんは1939年に「無名会」の創立メンバーだし1946年に「土曜会」、そして今の「人文研」の設立に繋げた功績は大きく、あの中央公論の「マカコ論争」の座談会にも参加し、かなり難しい議論をしていたことが、田中氏の著書からも窺える。半田さんは11歳で渡伯しており、こうした広範な知識はブラジルで学んだものだが、その幅の広さには只々—驚くしかない▼しかし、先述のように半田さんの本質はやはり移民画家であったし、具象画一筋の写生主義を貫き、各地へのスケッチ旅行などの積み重ねがあの「移民の生活と歴史」にも結び付いたのかもしれない。こんな半田知雄さんの膨大な日記を熟読し、その生涯を生き生きと描いた田中慎二氏の著書を是非ともご一読して欲しいとお願いしたい。(遯)

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