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《記者コラム》ブラジルはゴッサムシティになったか?

法王のピアーダにムカッ!とするインテリ

《バットマンが新シリーズで犯罪撲滅にサンパウロへ来ることが確認された》との5月27日付LegadodaDCサイトの記事の一部

 《バットマンが新シリーズで犯罪撲滅にサンパウロへ来ることが確認された》という5月27日付LegadodaDCサイトの記事(https://legadodadc.com.br/batman-vem-combater-o-crime-em-sao-paulo-em-nova-hq-confira/)を見て笑った。あまりにもタイミングが良すぎる。
 世紀末的な退廃都市ゴッサムシティに巣くう犯罪者と戦う、孤独なヒーローの姿を描いたアメリカのコミック「バットマン」は有名だ。登場人物の中でも宿敵、ピエロの格好をした「ジョーカー」は主役以上に人気があり、単独で映画にもなった。
 その新シリーズ本『The World(世界)』では、文字通り世界14箇所にバットマンが赴いて戦う。版元のDCコミックスと契約した各国の地元漫画家がそれを描いて発表するという。その一つがブラジルだ。
 今の現実のブラジルには、バットマンでも敵わないぐらいの、ジョーカークラスの強敵がゴロゴロいそうだ。さすがのヒーローも、そうとう手こずるに違いない。
 ブラジルがどれだけ呆れる状況になっているかと言えば、敬虔なことで知られるパパ(ローマ法王)がピアーダ(ジョーク)で揶揄するぐらいだ。

ジョークを言って笑顔を浮かべるローマ法王(エスタード紙サイト5月26日付記事)

 5月26日付エスタード紙(https://brasil.estadao.com.br/noticias/geral,brasileiros-nao-tem-salvacao-e-muita-cachaca-e-pouca-oracao-brinca-papa-francisco,70003727521)によれば5月26日、ペルナンブコ州カンピナ・グランデのジョアン・パウロ神父がバチカンに赴き、初めて謁見して「ブラジル人のために祈ってください」とお願いした際、ローマ法王はちゃめっけたっぷりに「貴方たちには救いがない(笑)。カシャッサばっかりで、祈りはわずか(Vocês não têm salvação. É muita cachaça e pouca oração)」とおどけて見せ、最後に「ブラジル人のために、いつも祈っているよ」と付け加えた。
 当然、現ローマ法王がアルゼンチン人で、隣国ブラジルとは、サッカーを始め常に競い合う犬猿の仲であることがベースにある。日常的にお互いの国民性をピアーダにして笑う習慣があるから、これがジョークとして通用する。
 だから、ブラジル・メディアはこれを「パパのユーモア」としてこぞって報じた。大半はパパを批判する論調ではなかったが、インテリ層を中心に表だって反論こそしないが、内心ムッとした人も多かったようだ。
 だから、バンデイランテスTV局の人気司会者ダテナのように「そっちのバチカンには、祈りはたくさんあるが、泥棒もいっぱいだな」と反発すると、相手がカトリック世界のトップだから何を言われても仕方ないと諦めていた人が「ダテナ、良く言った!」と溜飲を下げることになる。
 たしかにバチカン銀行の不正問題は常に闇の中で、どんな法王によっても解明されないことを、善良なキリスト教徒は嘆いている。

バットポッドよろしくバイク行進する大統領

 とはいえ、なんでブラジルがピアーダのネタにされるかと言えば、今のブラジルが「世界の問題児」として外で認識されているからだ。マナウスでは1月に酸欠コロナ患者が数十人亡くなり、4月にはコロナ第2波で約8万5千人が亡くなり、5月にリオで市警が捜査の名を借りて29人を殺害する事件が起きた。
 5月29日現在で世界第2位の約46万人もの死者を出しているにも関わらず、国を挙げたパンデミック対策がとれていない。それがために、議員調査委員会(CPI)が立ち上げられ、与党と野党がガチガチに闘争する状況になっている。
 コロナ禍の深刻さを示す最たるニュースは、グアルーリョス市のグルターボ・エンリッキ・コスタ市長が5月26日、ビデオ会議で保健省とANVISAに対して、国際空港を一時閉鎖するように要請したことだ(https://noticias.uol.com.br/saude/ultimas-noticias/redacao/2021/05/28/prefeito-de-guarulhos-pede-fechamento-aeroporto-coronavirus.htm?utm_source=chrome&utm_medium=webalert&utm_campaign=vivabem&utm_content=210528002_72019)。インド株の侵入が深刻な問題となり、第3波の可能性が高まる中、同空港の職員の大半を占める同市市民を守るための感染防壁を作るには、ラ米最大の空港を閉鎖するしかないと提案した。

5月15日、ブラジリアで行われた支持者の集会で演説するボルソナロ(Foto: Alan Santos/PR)

 現実に、それほど事態は深刻化している。このまま死者約2千人/日平均が続けば、単純計算では6月中には50万人を越える。しかも専門家らは「第3波が始まった兆候がある」と注意喚起をする発言を続々とする。
 その最中に、CPIによる政権攻撃に反発したボルソナロ大統領は、1万人規模の政治集会をほぼ毎週各地で開いて、大半がマスクをしない聴衆を集め、バイク行進デモを繰り返している。
 このデモに参加した後にコロナ感染で亡くなった人もすでに出ており、デモ行進がウイルスを社会に拡散する役割を果たしている可能性を指摘する専門家は多い。
 パンデミックによる死者が増えるだけでなく、失業率が史上最高の14・7%となる中で、インフレが年7%、家賃などに使う別のインフレ指数IGP―Mでは年累積37%に高進、治安が悪化して家庭内暴力も蔓延、義務教育が劣化、富の不平等が酷くなり、地域間格差も広がっている。

リオの集会でバイク行進デモを先導するボルソナロ(Alan Santos/PR)

 まさに「ゴッサムシティ」化ではないか。そこで「オレこそがヒーローだ」と言わんばかりに、映画『ダークナイト』で鮮烈なデビューを飾ったバットマンの2輪車〝バットポッド〟よろしく、バイクにまたがった大統領は支持者を引き連れて町中をデモ行進している。まるで〝ニセバットマン〟を思わせる。
 〝本物のバットマン〟登場が望まれるタイミングで、冒頭のコミック発売が発表された訳だ。

適当か、一線を引くか、問われる軍の姿勢

 ルーラが出馬可能になって選挙の地盤固めを始めたのを見て、ボルソナロの方も地盤固めをするためにバイク行進を始めたように見える。そして新しく運営権の競売をする高速道路に関して、バイク料金を徴収しないように手配した。支持基盤への利益誘導だ。
 リオで23日に行ったそんな集会では、大統領は多数集まった支持者に上機嫌になり、現役陸軍中将のエドアルド・パズエロ前保健相を壇上にあげ、挨拶までさせた。
 これが「現役軍人は政治活動に参加してはいけない」という軍規律に触れ、何らかの処罰をされる可能性がでている。バズエロは「ただのバイク好きが集まったツーリングに過ぎない。大統領は所属政党がないから、あれは政治活動ではない」と言い訳している。
 だが特定の政治家の支持者集会を「政治集会」と言わずしてなんと呼ぶのかと、軍部から反発を呼んでいる。中将という高位にある人間が規律を平然と破ったら、どうなるか?
 陸軍予備役大将のアミルトン・モウロン副大統領も「あれを許したら、軍の無規律化を招く」と、パウロ・セルジオ陸軍総司令官に厳しい態度を求めた。陸軍で3星以上の幹部の大半も、その論調だという。
 ボルソナロとしては、なんとしても軍部の支持を固めたい。彼の味方は、支持者と軍部とセントロンしかない。セントロンは政局が動けば、PTに鞍替えすることは目に見えている。自分への軍の忠誠を試すために、パズエロを使ったとの分析をするジャーナリストもいる。
 現セルジオ陸軍総司令官は着任わずか5週間で「Batata quente(熱くてつかめないジャガイモ)」をつかまされた。大統領は3月末、時の国防大臣に自分を支持する軍の表明をSNSに上げてくれと依頼したのに対し、国防相は「軍は特定の政権と癒着するべきではない」と断った。そのため、大統領は防衛大臣をクビにした。
 大統領のその行為に反発した3軍総司令官が翌日に総辞職したのが3月末だ。その後釜に着任したのが現セルジオ氏だが、さっそく大統領への忠誠が試されている。
 軍は時の与党のものでも、時の大統領のものでもなく、「国」を護るための存在だ。その使命感への覚悟が問われている。軍が特定の政治家と癒着すればベネズエラ、ベラルーシ、シリア、トルコなどのように民主主義を装った独裁国家化する可能性が高まる。
 エスタード紙5月27日付(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,generais-avaliam-que-blindagem-de-pazuello-pode-provocar-renuncia-de-comandante-do-exercito,70003728100)は「ブラガ・ネット国防大臣は大統領と総司令官の間に入って、厳しくない処罰を模索する」と報じている。つまり、「逮捕して30日の禁固」「現役を辞めさせて予備役にする」などではなく、言葉で注意するだけの「訓戒」などが予想される。今週はその件が山場を迎える。
 エスタード紙は5月28日社説《軍の規律に王手》で、セルジオ・シャビエル・フェロラ空軍高官の見解「パスエロ中将の振る舞いは軍の『恥』であり、しっかりとした処罰をして軍には超えてはいけない一線があることを示すべきだ」を紹介した。
 適当に済ませるか、一線を引くか、軍の姿勢が問われている。

上院TV〝政治リアリティショー〟に釘付け

 《ボルソナロ政権が提供を断らなければ、ワクチンは9万5千人の命を救っていた、と研究者は計算した》と5月28日付BBCブラジル(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-57286762)は報じた。
 コロナ禍議員調査委員会(CPI)で証言したファイザー南米社長とブタンタン研究所所長が、昨年中に連邦政府に提案したワクチン提供数が実現されていた場合、高齢者を中心に9万5千人の命が救われていたとの計算をペロッタス連邦大学の疫学専門家、ペドロ・ハラル氏が公表した。
 5月29日現在で、約46万人が新型コロナで亡くなっているから、約5人に1人は死ななくて済んだことになる。
 同BBCブラジルは《もし両者の最初の提案に従ってワクチン購入を勧めていれば今頃50%も多い供給を受けていた》と結論づけた。
 そんな国民の生死にかかわる深刻な問題を扱うCPIだけに、そのインターネット中継は国民から大注目を浴びている。しかも、グローボTV局の大人気リアリティショー番組「BBB(Big Brother Brasil)」が終わった直後に、CPIが始まったタイミングだった。そのため、パンデミックで外出自粛する中、自宅でテレビにかじり付く対象としてCPIを見るようになったようだ。

TVSenado(上院TV)のCPI番組「パズエロ前保健相の証言編」は84万人が試聴した超人気映像となった

 それが「BBBの後、CPIのインターネット中継が新しい国民の情熱の対象になった」(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,cpi-vira-nova-paixao-nacional-depois-do-bbb,70003719637)と報じられている。上院が開設しているTVSenadoのCPI生中継チャンネル(https://www12.senado.leg.br/tv/plenario-e-comissoes/cpi-da-pandemia/)は開設1カ月未満でなんと330万アクセスを記録した。
 このアクセス数は、ジウマ大統領罷免審議には劣るが、それに次ぐという。それだけ国民の注目が集まっている。だから、それが大統領や政権への評価に直結しており、どんどん支持率が落ちている現実がある。

映画『ジョーカー』(トッド・フィリップス監督、2019年)のポスター

 かつての仲間や政敵に会いに行って大同盟を作って、来年の選挙に向けて着々と大包囲網を作ろうと裏で画策しているルーラ。彼がバットマンの宿敵ジョーカー役とすれば、その第一の手下はCPIで大統領攻撃の先兵となっているレナン・カリェイロス上院議員だ。表の手や裏の手を総動員して、大統領を追い詰めようとしているように見えなくもない。
 思えばバットマンの映画シリーズ『ダークナイト』に出てくる地方検事ハービー・デントは、ラジャ・ジャット作戦を率いて巨悪に対して次々に鉄槌を下していった連邦判事時代のセルジオ・モロに似ている。デントは真に潔癖なヒーローとして期待されて登場したが、ラスボス(最後の場面に出てくる悪役の大ボス)に取り込まれて悪役に成り下がってしまった。

 

 

大統領の〝奥の手〟ニゼ・ヤマグチ医師

 今週のCPIで特に興味深いのは、1日(火)に召喚される予定のニセ・ヤマグチ医師だ。
 クロロキン推進派の論客として知られ、保健大臣候補にまで上がった人物だ。今まで登壇してきたクロロキン推奨派は、みな反大統領派が召喚して証言台にムリヤリ立たせていたが、彼女の場合は異なる。大統領派が召喚し、本人もやる気満々だと報じられている。
 今までの医師とか政治家とか軍人と違って、彼女はその道の専門家だ。例えば〝クロロキン女隊長〟の異名を持つマイラ・ピニェイロ氏の証言でも「効果がある」という確たる証拠は出されなかった。
 しかも彼女が担当して作った、コロナ感染症の症状別に処方薬を推奨するアプリ「TrateCov」が突然、運用停止された経緯に関し、《1月20日に、あるジャーナリストが不適切な形でデータの一部を選び出して、文脈から外れた形でネットに公開したから運用を停止させた》と歯にモノが挟まったような言い訳をしていた。
 これに関し、CBNラジオで26日朝、ジャーナリストのベルナルド・メロ・フランコは「そのジャーナリストは、アプリを使って全ての症状のパターンをシュミ―レーションしたら全部クロロキンを推奨する結果になった、という医学的にあり得ないプログラムになっていたと報道した」と明確に説明した。
 本来、安価なクロロキンがコロナ治療に役立つなら、そんな朗報はない。実際にコラム子の周りにも「コロナの陽性反応が出たので、すぐにクロロキンを飲んだら治った」という人はいる。キチンとした調査に基づいた治療の根拠があるのなら、しっかりと説明してほしいところだ。
 野党からすると「彼女が証言すると、専門的な知識を元にクロロキン宣伝を延々とやられて、大統領に有利な展開になるのでは」と恐れられていると噂される。
 大統領の〝奥の手〟のような存在かもしれない。ブラジルがゴッサムシティになったなら、日系人という存在は、正義の味方から悪役まであらゆる役が考えられる。

ついに本格的にデモを始めた左派

パウリスタ大通りで行われた反ボルソナロ集会

 ボルソナロのバイク行進に対し、左派勢力は《ボルソナロはウイルスより危ない》と訴えて、自分たちも29日(土)に抗議デモを85市以上で開催するとぶち上げて、テレビCMまで打った(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-57283323)。
 その結果、組合、左派政党関係者らを中心に全27連邦自治体で反ボルソナロ集会が実施された。「ボルソナロ罷免」「国際刑事法廷で虐殺罪に訴えろ」「緊急支援金を600レアルに」などと訴えたという(https://g1.globo.com/jornal-nacional/noticia/2021/05/29/em-todos-os-estados-e-no-df-manifestantes-vao-as-ruas-protestar-contra-o-governo-bolsonaro.ghtml)。
 ボルソナロ政権発足からしばらく静かにしていた左派だったが、コロナ禍CPIという〝政治リアリティショー〟が始まり、ラヴァ・ジャット作戦でラスボスにされたルーラが、主役級の配役に復活した。それで、手下の左派が本格的に活動を再開した雰囲気がある。
 右も左も「ラスボス」クラスの大物だ。パンデミックより、つい熱くなって政治闘争に走りがちな部分がある点が要注意だ。どっちを向いても、どうしようもないぐらいカオス(混沌)な状況が「南米のゴッサムシティ」たるゆえんだ。
 冒頭に紹介した『The World(世界)』の14カ国には日本も入っている。誰がラスボスで、誰がジョーカーか? 五輪を舞台に〝暗躍〟しようと手ぐすねを引いているのではないか。(敬称略、深)

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