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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第142回  

 

ニッケイ新聞 2013年8月21日

 

 叫子がブーケを力いっぱい後方に投げると、奪い合う女性の甲高い声が響いた。ブーケを手にしたのは、整備士見習いの恋人で、割と小柄な女性だった。
 結婚式はすべて終わった。スーツを着ている参列者は竹沢だけで、あとのものは普段の格好で式に参加していた。格式ばった感じではなく、二人を祝福してくれる仲間が参列してくれた心に残る結婚式だった。
 参列者に礼を述べようとしている小宮に、パウロが「フェスタ会場に行こう」と誘った。参列者は披露宴パーティーが開かれる場所を知っているのか、そちらに向かって歩きだしていた。
「フェスタってどういうことなの?」叫子が聞いた。
「仲間に二人が結婚すると言ったら、皆で少しずつお金を出し合って、二人が必要とするものをプレゼントしようという話になったんだ」
 ブラジルの結婚式では、新郎新婦から欲しいものを直接聞いてプレゼントすることがよくあるようだ。
「でもシェッフェの家には必要なものは全部揃っているから、会費制でフェスタをしようと決まったんだ。俺のアミーゴがバールで働いていて、バールのドーノ(経営者)と交渉して三時間貸し切りでフェスタができるようにしてもらったんだ」
 そのバールは教会から五分も歩かない場所にあった。店の奥はテーブルが並び、簡単な食事もできるようになっていて、そこが貸し切りになっていた。三十人くらいがすでにテーブルに着いていた。
 テーブルの上にはパステルやコッシーニャ、それにビールとグアラナが並んでいた。豪勢なフェスタではないが、企画してくれたパウロの気持ちが伝わってくる。
 一番前のテーブルには二人と、竹沢、パウロが座った。全員が座っているのを確かめると、パウロが立ち上がり言った。
「ささやかなフェスタだけど、皆でシェッフェとそのエスポーザの結婚をお祝いしたいと思う。まずは皆で乾杯しよう」
 パウロが言う前に参列者たちは目の前のビールの栓を抜き、コップに注ぐと飲み始めていた。パウロも自分のコップにビールを注ぎ、二人に向けると、ひときわ大きな声で叫んだ。
「サウジ」
 全員が叫んだ。「サウジ」
 参列者たちはテーブルの上に並んだ料理を食べ始めた。
「さあ、皆こっちを見てくれ。二人に挨拶をしてもらうおう」パウロが言った。
 二人が椅子から立ち上がった。一斉に拍手が沸き起こった。
 小宮が挨拶を始めた。単語を一つ一つ思い浮かべるようにしてゆっくりと語り始めた。
「今日は皆さん、私たちの結婚式に参列してくれてありがとう」小宮は参列者すべてに視線を送った。
「私も彼女にも、ブラジルには家族はいません。叫子のために結婚式を挙げるようにパウロから言われて準備を始めましたが、こんなに盛大な結婚式になり、心からお礼を言いたい。移住してくる時は、どんな国かなと思っていましたが、ブラジルに来て本当によかったと思う。叫子にも出会うことができたし、皆さんのようなアミーゴに出会うこともできた。これからも私たちとずっとアミーゴでいてください」
 叫子が話す番になった。ブラジルで暮らしているも年月は小宮よりも長いせいか、叫子のポルトガル語は小宮よりずっと流暢なものだった。
「言いたいことはマリードがすべて言ってくれたので、私の今の気持ちを皆さんに聞いてもらおうと思います」
 叫子は微笑みながら言った。
「マリードには日本に両親や兄弟がいます。私も日本で生まれましたが、父も母も私にはいません。母は日本人ですが、父はアメリカ人の兵隊ということぐらいで、あとは何も知りません。生まれた直後に捨てられて、エリザベスサンダースホームという施設で育ちました。ずっと一人ぼっちで生きてきました」(つづく)


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