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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(19)=第三章 煩悩

ニッケイ新聞 2013年10月9日

 それからしばらくして、
『ピーン、   ポーン』チャイムが鳴った。
 中嶋が眠った後、シャワーを浴び、久しぶりにひいきチームのサッカー中継を見ながらウィスキーグラスを傾けていたジョージは、チャイムの鳴りようで誰であるかを察し、苦虫を噛んだような顔で、ドアに向かった。
ドア越しに、
「エ、ボッセ?(お前か?)」
女盛りの油がのった声で、
「(何度も電話したのよ、どうして出なかったの。それに、事務所のカヨ子は貴方につないでくれないし・・・、昔の誰かさんと浮気してたの?)」
「(それは、お前の旦那が言う事だ。今夜はダメだ、帰れ)」
「(こんな時間に追い返すなんて酷いわ。誰か居るのね、どこの女?)」
「(日本から来た男だ!)」
「(貴方、趣味が変わったの?)」
「(バカ!)」
「(じゃー、開けて)」
「(ダメだ)」
「(私に飽きたの?)」
「(それもそうだ)」
「(ウソつき!あんなに好きだと言っといて、なによ!)」
「(好きだから、今夜はダメだ)」
「(いいからドアを開けて!)」
「(今夜は帰れ。また、旦那にバレるぞ)」
「(旦那さんは別の女と旅行中なの、だから朝まで大丈夫よ)」
「(いったいお前の旦那、どうなってんだ?)」
「(あなたとそっくりよ)」
「(俺はあんなハゲじゃないぞ! いいから、今夜は帰れ!)」
「(この前、鍵穴を見て私を思い出し、無理矢理呼び出したじゃない。それとも、今夜は鍵穴で我慢するの?)」
「(今夜はそれで我慢するさ)」
「(鍵穴とどうやって交わるの?)」
「(バカ言うな!)」
「(女がいるのね。きっといるわ! 開けないとスキャンダル起こすから)」
「(それだけは勘弁してくれ)」
「(誰か来てー! 助けてー!)」ドアの外で女はスキャンダルに叫んだ。
「ポッ!(ちぇっ! この色気違い!)」ジョージは仕方なく女をアパートに引き入れた。

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