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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(60)

ニッケイ新聞 2013年12月11日

「そうです。西谷です」
「本当に西谷さんですね?」
「トゥクマン農園の西谷です」
「幽霊ではないですね」
「えっ?!」
「実は、町の墓地に貴方の墓標があります。しかし、生きておられたなんて、こんな、こんなめでたい事はありませんよ」
「私の墓標が?・・・、」
「立派じゃないですが」
「なぜ? 私の墓標が?」
「ベレンに運ばれたまま、帰らぬ人と・・・」
「そうか、そうだったんだ・・・。ベレンの日伯病院で助かって、四週間後に、そのまま学移連(学生移住連盟)の援助でサンパウロに運ばれ、あれっきりで・・・」
「連絡は無理だったでしょう。当時、まだ住所もなかった時代でしたから」
「あれから三十年、くらいなりますか」
「よく帰ってこられました」
「こうやって、互いに元気で逢えるなんて・・・、来てよかったです。本当に・・・。遊佐さんの農園は?」
「十五年前、コショウの価格が暴落した時に・・・。それに、子供達をサンパウロの大学に進学させましてね、それで、安定を求めて農園を売り、ホテルを始めました。西谷さんは今・・・?」
「サンパウロで、日本への輸出の仕事をしていましたが、嫁の甥に任せて隠居して、時間つぶしに県人会の副会長と拓大のOB会長を務(や)っています」
「サンパウロから来られたのですか! お疲れでしょう。取りあえず皆さんをお部屋に案内します。最初ホテルでしたけど、計画より客が少なく経費節約でペンソンに変えました。で、この方は?」
「中嶋と申します」
「はじめまして」
 隣の警察署と同じ頃の建物で、階段下に受付があり、その前の廊下がロビーに利用され、その狭いロビーにブラジル国旗と日本でも滅多に見られなくなった日章旗が飾ってあった。なんとなく、一昔前の日本の様であった。
受付で、遊佐氏が、
「(軍曹、要望された分です)」と部屋の鍵を出した。
 アナジャス軍曹は隣同士に西谷と中嶋和尚の部屋を決め、後は適当に鍵を配った。
「(シャワーを浴びて、七時半に集まってください。夕食に出ます)」
「(軍曹、夕食はここでお願いします)」
「(ここはペンソンでしょう?)」
「(今夜は特別に夕食を出します)」
西谷とアナジャス軍曹は喜んで、
「(ありがとう。では、ここで夕食を)」

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