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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(101)

ニッケイ新聞 2014年2月19日

「京都を北都と呼ぶのに対し、奈良を南都と称した奈良時代ですね」

「古川記者は歴史をよくご存じですね」

「理工系の学課が嫌いで、その時間を読書に充てていました。だから、理工系以外の社会、歴史、法律、と分野を問わず本を読みまくりました。それで、自然と記者になってしまい・・・」

「記者は文殊の知恵の『文殊菩薩』の化身ですね」

「知恵ではなく、記者の物知りはただの常識であって、匂いも味もなく食べられませんから・・・、そんな光栄な菩薩さまの化身ではありませんよ」

「いえ、そんな事ありません。社会にとって大事な仕事です」

「しかし、社会的な責任感だけで飯は食っていけませんしね」

「分かります。僧侶も、そんな一面があります・・・」

「では、麻薬取締りの宗派は『法相宗』で、経典は『大般若経』ですね。その『大般若経』は『般若心経』と違うんですか」

「『大般若経』は七世紀に西遊記の三蔵法師のモデルの玄奘がインドからヒマラヤの山々を越えてインド仏典を持ち帰り漢訳したものです。それを、日本で最初に火葬に付された方としても有名な道昭が中国で玄奘から直接『大般若経』を学び日本に持ち帰り日本法相宗を創立しました。『般若心経』はその『大般若経』六百巻を分かり易くまとめたものですから内容は同じ・・・でしょうかね・・・、ちょっとその辺、勉強不足で・・・」

「仏教の話はロマンがありますね。遠い昔の夢物語の西遊記が身近に現代の私達に関わって来るのですからね」

「祖父が語った仏教の世界は二千五百年前までさかのぼって思いを馳せることが出来ました。仏教はインド古来の神話や哲学も入っていますので二千五百年以前も関係していますね。東大の東洋文化の学者や京大の教授達がインドのサンスクリット語をマスターしてまで研究するのは、それだけ魅力があるからです。面白い事に『般若心経』に『時間は一瞬に過ぎてしまうものだ』と説いていますから、西遊記もつい最近の出来事だった訳ですね」

「二千五百年前となると、日本では神話の世界の神武天皇のころで、謎の古墳時代ですよ、それがつい最近の様な錯覚に・・・」

古川記者は、得意の歴史の話となると中嶋和尚の様に目を輝かせ、

「仏教が渡来すると同時に、それまでの神話や言い伝えは日本書紀三十巻に収められ、実在の宣化天皇推古天皇時代の飛鳥時代となり、古墳時代が終ったのですね」

「古川さんは本当に歴史にお詳しいですね」

「歴史は私の得意中の得意です。・・・、で、麻薬救済の手段はどうします?」

「・・・。麻薬患者救済は、第一に『薬師如来』に願いし、第二に『般若心経』を唱えれば・・・、いつか試してみましょう」

「中嶋さん、この壮大なブラジルでの布教活動もうんざりしませんか?」

「それを、井手善一和尚は車で走り、布教に努められたそうです」

「年間に一万キロの旅ですか?」

「親父への手紙には、一日平均百キロ、一年間で三万キロと記されていました。それに相当危ない目にあったそうです。『天禅浄宗(てんぜんじょうしゅう)』(架空!)のブラジル進出は他の宗派より出遅れ、戦後に布教活動を初めたそうですから、井手善一和尚は焦ったでしょう。正に、年三万キロの距離からして『西遊記』ですね」

「それこそ『ブラジル南遊記』と言った方が正しいかも・・・。あの前方の河を渡るといよいよパラナ州に入ります。それから二百キロくらい走ればローランジアです」

「河の名前は?」

「パラナパネマ河です」

「発音が難しいですね。どう云う意味ですか?」

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