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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(141)

ニッケイ新聞 2014年4月23日

 廊下は明るくも暗くもなく調整され、高級ホテルのロビーを感じさせた。広い廊下を五メートル奥に進み右に折れると、上品な調度品に飾られた大きなバーと云うより高級キャバレーが現れ、胸を躍らせる雰囲気に変わった。

第二十七章 羅衆(らしゅう)

 早速、黒人が便宜を図った女を片腕で包んだ新米刑事達と離れ、ジョージはバーテンの正面に座った。
バーテンが目で「(何を?)」と問うと、
「(ロック)」と答えた。
バーテンは急冷凍の質の悪い氷をグラスに落とし、ウイスキーを注いだ。ピチピチと割れる氷を気にしながら、ジョージは一口飲んだ。急速に溶ける氷で冷える前に水割りになってしまった。格好だけの二流バーテンだ。
そのジョージの横でウイスキーを満足そうに飲んでいる背の低い日本人が話しかけてきた。
「情事さん、あの時は有難うござんす。サンパウロ市までおくっていただき」
「あれ? この前JAN便で来られた・・・確か・・・」あの、助手席のチャッカリ男であった。
「それに、今、森口のタクシーに後から乗り込んだ・・・?」
「そうです。心配しねーで。アッシも森口を追っかけている者でござんす」
「?」ジョージは咄嗟に握った背の拳銃から手を離した。
「情事さんは幽霊を信じますか?」
意外な質問に返事に戸惑いながら、
「信じないが・・・、それが?」
《あっしも昔は信じていなかったが、死んで幽霊を知ったんでござんす》
「? とは? お化け?」
《実は、あっしは・・・、『聖正堂阿弥陀尼院』の件でこの世に・・・》
「アミダニインとは?」
《中嶋和尚達を捜した霊でござんす》
「ヒグチなんとか言うお化け?」
《彼女はお化けではなく、三途の川を渡れなかった霊でござんす》
「お前もお化け?」
《お化けは成仏出来ない魂が、何かに恨みを持ってこの世に現れる現象だ。あっしは、仏の守護神の天部になりたくて、お地蔵さまの手足になって修行している、ちゃーんとした仏の端くれでござんす》
「神様に仕えるとすれば、天使?」
《それにしても、情事さんはお化けにちっとも驚かねーな》
「昔、カナネイアと云う町で不思議な事に出会ってから、少々の事では驚かないんだ」
《不思議な事とは?》
「お化けに不思議な事を話しても無駄だだろう」
《お化け呼ばわりは勘弁してくれ、仏界や冥界を自由に飛び回る正式名は救霊羅衆(きゅれいらしゅう)、略して羅衆と呼ばれて、昔はメアカシだったんだ》
「メアカシと云うのはサムライ映画の刑事だろう?」
《実は・・・、あっしは百五十年まえの江戸時代に死んで、羅衆になった・・・》
「それにしては、身なりは古くないじゃないか」
《いつも、その時代の文化や技術を習得し、順応しているからでござんす。さーて、『聖正堂阿弥陀尼院』の件は情事さん等がちゃーんと面倒見ておられるようだからこれで安心だ。浮易好気(ウイスキー)と云う南蛮麦焼酎の水割りをもう一杯飲んで、冥界に帰るとするか》
「この世にお化けとして現れるのは簡単なのか?」
《滅多にできねーけど、今回は情事さんと空港で会った時、情事さんを媒体としてこの世に姿を見せる事が出来た。それからこの世を楽しんでいるってわけさ。『聖観音(ひじりかんのん)』って云う新米の観音にも会って、サンパウロ市の事情やおめーさん達の事も詳しく知った。これで安心だ》

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