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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=47

 こうしてますます金持ちになる御仁や、ドル計算のサラリーを貰っている駐在員に対して「ドル族」と言葉が生まれたくらいである。日本人宅に入った強盗は「ドルを出せ」と言った。強盗だって知っている事実だったのだ。このハイパーインフレの八〇年代の利子の計算は、日本の方々には想像もつかないだろうが事実なのである。そして、起こるべくしてデノミネーションになった。この頃のわが一首である。 

  戯れに砂の時計を立て直しすぐ上がりくる弗の値を待つ

  インフレに身が持たぬぞと計算機が叫びつづけて八月デノミ

 この頃、カナダからホームスティで我が家に来た工業移民の人達も、
 「ブラジルはインフレがあるから羨ましい」と言ったものである。インフレにより農家でも大儲けをした者や、天候のため作付けに失敗したり出来た作物を使用人に持ち逃げされたりして、ますます借金を増やしたりインフレのため、その増えていく利子の重さに首を吊る者などが生まれ、貧富の差が激しくなったことも事実である。同船者である上村祥子の夫も、
 「ビットリア(サンパウロから九八八キロ離れている)でパイナップルを作っていたが、借りたトラック三台にアバカシ(パイナップル)を乗せてマーケットへ送り出したら、そのトラックは戻って来なかったよ、あはは」と笑う。持ち逃げされているのである。
 「それで、もう立ち直れず、バウルー市のトマト栽培農家へ使用人として入り、そこへ祥子が来たわけで」と話したことを私は覚えている。
 バイア州バイアで農業をしていた同船者の夫婦は、カナダへ移住し直すと、弟たちより先に日本へ引き上げ、残った弟一家は人手が足りない隙をつかれ、中央マーケットへ出荷に出したトラックが、そのまま帰らず持ち逃げをされ、肥料やら使用人の給料やらの諸経費を払ったら残りわずかで、なんのため働いているかと投げ出して日本へ引き上げた。
 ブラジルの農業に情熱を燃やし続けていたのだったが。訪日した折りにその一家に会い、
 「それで、持っていた土地はどうしたの?」と聞くと、
 「そのままバイアに置きっ放しよ、たいしたことないわよ、それを気にするより、日本での再出発を考えているところよ」という答えが返ってきた。
 
  インフレとう怪物に食われ帰国せし友の農場に胡椒の実る

 サンロッケという七十キロほど離れた町の花卉業をバス・ツアーで見学に行ったことがある。その高知県出身の経営者は、インフレ時代に大々的に成功した例のひとつと言える。
 「九〇年のコロール大統領になる前は良かったですよ。ヨーロッパへ、どんどんサマンバイヤ(二メートル程に垂れ下がる羊歯)が輸出できて。いまは輸出も減りドルも安すぎて儲けがなくなりましたね」と嘆く。サマンバイアの一〇〇メートルほどの長い長い温室が二十棟は有っただろうか。

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