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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=49

 また日本を出るときに持ってきたというダイヤの指輪を売って欲しいと頼まれたこともあったため、岡山弓子の生活の苦しさを美紀子からたびたび聞かされある程度は理解していた。
 コチア青年である彼女の夫は、ニンニク、牛蒡、人参、サラダ菜などの野菜作りをしており、弓子はその牛蒡も朝市に「ササガキ」を作って晒して売れば、少し高く売れるからと夜なべもして働いたとのことである。
 岡山弓子が花嫁で来た時、コチア青年である夫は、むかし話のような竹の柱に萱の屋根の吹けば飛びそうな小屋に住んでいたそうだ。
 「来てみたら手紙とは全然ちがっていたのよ」とは山田美紀子が彼女から聞いて話したことである。
 先にも書いたがパトロンの家の前やパトロンの高級車の横で写した写真を送り、それが夫となる人の家や車と勘違いした花嫁が多かった。ペテンにかけられたような話、また勘違いをした話はずい分聞いたことがあるが、写真を写すときはだれでもバックに良い場所を選ぶことを考えれば、青年に悪気があったとは言えないとしても、岡山弓子の場合は、勘違いではなく調子の良い手紙をもらったことがそんな話で伺える。山田美紀子はまた、
 「弓子さんは良い家の娘だったそうで、宝石類も持っていたけれど、それを売り生活費や肥料購入にあてたそうよ。電気なんてもちろんない生活よ。電気は近所まで来ているのにお金がなくてひけなかったのよね。初めての子が生まれるときには、オムツもなくて……。私が用意させてもらったのよ。彼女を二十日間ほど家に引き取り体が落ち着くまで居てもらったの」と弓子の苦労を思い出して美紀子は哀しそうに言った。
 「農業は一年不作だったら、次の年の経営が大変だからね。ご主人が悪いのではないのよ」と美紀子は言う。
 「生まれてくる子のオシメも用意できない状態でも、子をつくったんだ」と思いながら私は黙って聞いていた。
 「電気はその長男が十五歳になるまで引けなかったのよ。あの子がアルバイトをしたお金で電線を買って自分で引いたそうよ」
 「良かったわ。でも姑、小姑がいなくてその方は助かったわね」
 「出稼ぎをして今はもう楽になったんでしょ」 私も間接的にかかわった弓子のことが気になって聞いた。
 「そうなのよ。電気を引いてしばらくして、弓子さんは出稼ぎに行って介護士の資格を取り、十二年間も頑張ったのよ。長男も出稼ぎにいき次男も行ってね。ブラジルに帰国して借家を三軒も買い、彼女は町に住んで家賃で生活して、ご主人は相変わらず好きな畑で野菜作りをしているそうよ。奥さんの弓子さんと別居だから…ブラジル人女性を家にいれて…いるとか言うていたわよ」
 「苦労しつづけたけれど…まあ…どうにか落ちついたのね」と私は一応安心した。
 「そうよ、弓子さんの話したことだけど、知り合った花嫁が、農作業で腰を痛めて寝込んでいるのに、医者にも行かしてもらえず、誰も同じように腰が痛いさ、それでも働いているのに寝るのは許さんと姑に毎日責められ続けられて、とうとう逃げたそうよ」
 「やっぱり、そんな花嫁がここにもいたわ」という私の思いと、その逃げた先が、料亭や飲み屋などでなければ良いが、と思う私の心を知らず美紀子は気の毒そうな顔をした。

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