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プレイボーイ誌のお気に入りの写真を手にする井上さん
プレイボーイ誌のお気に入りの写真を手にする井上さん

東洋風に拘って芸能活動=井上ナターリアさんアギアに=プレイボーイ 純血日系では初表紙=「バッチャンが大好き」

 「ブラジル版プレイボーイが始まったのは1975年ですが、東洋風にグラビア撮影した純血日系人は私が初めてです」。井上ナターリアゆかりさん(28、三世)は日系として強い誇りを持ちながら、当地で芸能活動を行っている珍しい人物だ。2月16日深夜に行われる聖市カーニバルでは、日伯外交樹立120周年をテーマにパレードするアギア・デ・オウロから、ラインニャ(女王)と対になるような大役エンバイシャトリス(外交親善妃)を任された。

聖市サンボードロモで行われたアギアの予行演習を見に来た祖母あきよさんと記念撮影

聖市サンボードロモで行われたアギアの予行演習を見に来た祖母あきよさんと記念撮影


 「バッチャンに育てられたから刺身、いくら、トロロ、納豆、漬物が大好き」と井上さんは説明する。故郷佐賀県で寺院建設もした宮大工だった父方の曽祖父・井上小次郎に連れられ、祖父信二郎は35年に聖州グアララペスに入植した。
 祖父はそこであきよさんと出会い39年に結婚。曽祖父が出聖を決意し、聖市北部サンターナで商店経営を始めた。祖父はリベルダーデで理髪店を経営する傍ら、書道教師をしていたという。
 東洋街で育って日本語が堪能な父ミウトンは、80年代にヴァリグ航空の米国ロサンゼルス―東京路線の客室乗務員をしていた。その関係で幼少時はロスに移り住み、現地で教育を受けたので英語が堪能に。忙しい両親に代わりに祖母あきよさんに育てられた。
 「東京に伯母がいて、何度も訪日したわ」と当時を思い出す。一時はロンドン王立ダンスアカデミーでクラシックバレエを習い、13歳の時に帰伯してクリチーバに住み始めた。同地文協に参加し、主にソフトボール選手として活躍した。
 井上さんは大学では経営学部を卒業、得意の英語を活かしてアメリカ商工会議所勤めをしていたが、どこか飽き足らず、思い切ってRedeTV局の人気番組ルシアナ・ジメーネスの「スーペルポップ」の踊り子に応募して合格。3カ月ほど出演するうちにリアリティショー番組「ファゼンダ」に参加を誘われ、その東洋美に溢れた肢体が90日間も放送され一躍人気者になった。
 以来、リオのカーニバルではマンゲイラ、ポルテイラでムーザ(女神)等を務め、今回初めて聖市カーニバル出場となる。「プレイボーイからのグラビア依頼は実は1年以上前にからあったけど、私が東洋風、父が育った地リベルダーデでの撮影に拘ったので、契約に時間がかかった。でも満足できる内容になって家族も喜んでいる」とほほ笑む。
 一番のお気に入り写真は、小泉首相のポスターの横、カウンダ―に座った写真で、あたかも首相が井上さんに魅了されているように見える。
 「昨年末に自宅もリオからサンパウロに移し、毎週アギアのエンサイオ(練習)に通っている。ぜひ皆さん楽しみにしていて!」と呼びかけた。
 経営学を修めただけあり、今後の計画としては「今年中に私の服飾ブランドを立ち上げて、販売を開始したい」という。独自の東洋風センスの活かされたものになりそうだ。

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