ホーム | コラム | 樹海 | ブラジル人の目からみ「たちねぷた」の評価は?

ブラジル人の目からみ「たちねぷた」の評価は?

 日伯外交樹立120周年を記念してパレードしたアギア・デ・オウロは4位に終わったが、テーマが凝縮された立派な行進を繰り広げた▼中でも日本人の目からすれば立佞武多の山車の勇壮さは目立っていたが、翌日それを指摘する伯字紙やテレビはなかった▼残念なことに、立佞武多が地球を半周して持って来られた意義である「復興祈願」や「義援金への感謝」が、事前の現地報道で強調されることはなかったし、当日のグローボ生中継でもあっさり流されていた▼いくら立派なことをやっても、それが見る側に認識されていないと「やってないのと一緒」なのが、悲しいかな〃報道の特性〃だ。日本語媒体がいくら報道しても一般国民には知れ渡らない。ポ語媒体の役割は大きい▼アギアや総領事館の広報からその趣旨を現地メディアに事前にもっと説明しておけば、せめて大手紙一紙だけでも大きく扱ったのでは…。それとも、したけど感心を呼ばなかったのか。同山車の発案者は「本物を見せる」意味にこだわっていたが、当地は海賊商品大国であり、本物を評価する国民性は薄い▼最近の傾向からすれば、いくら良く出来た山車でも、動かないと評価は高くない。狩猟民族の血を引くブラジル人からしてみれば、巨大な鳥が翼を広げたりする山車の方が遥かに「視覚に訴える」ようだ▼普段はバグンサ(乱雑)な一般庶民だが、ことカーニバルになると毎年1年がかりであれだけの大行列を組織、練習する―のは驚嘆に値する。そんな大衆の爪の先ていどの組織性をもって、政治家が10年後の国家計画(大型汚職は実に組織的だが)を立ててくれれば―とため息がもれた。(深)

image_print