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和紙が焼け、顔だけが残る立佞武多
和紙が焼け、顔だけが残る立佞武多

現場ルポ=立佞武多撮影で立ち往生=まさかの軍警通報騒ぎに

 【既報関連】18日付本面『モジ文協敷地で立佞武多焼失』記事の取材では実際の状況に不明な点が多かった。モジ・ダス・クルゼス文協の中山喜代治理事長、同事務局に何度も電話取材を試みたが、第一発見者で通報者だという文協職員は誰なのかや、具体的な現場状況が「把握できていない」の一点張りで、「警察が現場を保存するために周囲にロープを張って立ち入れないようしている」と現場写真も提供してもらえなかった。
 そこで写真を撮影するべく、急きょ本紙記者がモジ文協スポーツセンターへ向かい、撮影を試みた。同センターには警備員が常駐しており、正門はがっちりと閉鎖されている。
 警備員に入門を断られ、しかたなく運動場を中心とする広い敷地の周囲を囲むように通っている裏道をしばらく進んだ場所で、偶然に立佞武多らしき物体を発見した。和紙が焼け組み木だけとなっていた。
 その場から立佞武多までは300メートルは離れており、また植物が周囲を策のように取り囲んでいたため、撮影は困難を極めた。少しでも近づこうと敷地内ギリギリまで近づき、少し足を踏み入れた所で「ピーッ」という警報音と共に、突然警備員2人が記者のもとに駆けつけた。
 所有地への不法侵入の疑いで、持っていた荷物から離れるように指示され、カメラ等の荷物を確認され、警備員と共に正門に誘導された。荷物を没収されたまま15分ほど見張りのもと正門で拘束された。その間、正門に取材に来て立佞武多が見えずに困っていた日本のテレビ局スタッフに、記者から撮影ポイントを教えた。モジ文協に連絡が行き、軍警がパトカーで駆けつけた。
 軍警は記者の名前を形だけ聴取し、帰宅の足を心配までしてくれ、わざわざパトカーでモジ駅まで送ってくれた。ポ語力に自信のない記者は、初めての軍警の優しさが胸にしみた。その間、日本のテレビ局はしっかりと撮影し、走り去っていた。(桃園嵩一記者)


「身を滅ぼしてPRに」=福士さん前向きに捉える

 青森県の地元紙「東奥日報」では、17日付夕刊から連日この焼失事件を報道している。
 翌18日付朝刊では《保管 野ざらし状態 祭りの後、格納せず》との見出しで、福嶌教輝アルゼンチン大使とファッションデザイナーのコシノジュンコさんが22日に、市内にある立佞武多の館を訪ねる予定と報じており、五所川原《市は懇談で、立佞武多の焼失について「詳しい情報が聞ける」(秘書課)とみている》と報じた。
 さらに2月の来伯使節団の一人、実際にパレードに参加した同商工会議所の山崎淳一会頭のコメント《日本、ブラジル双方の関係者にとって思い入れが強かった。パレードでの感動が大きかっただけに火事で失ってしまったのは残念だ》とも掲載されている。
 同紙五所川原支局の工藤知己記者によれば、本紙が提供した焼失写真を見た制作者の福士裕朗さんは「2月のサンバカーニバルで注目を浴びた立佞武多が、燃えてしまったことで再び話題を集めた。身を滅ぼしてまでも五所川原市のPRに一役買ってくれたと思っている。お疲れさま、ありがとうと言いたい」と、今回の出来事を前向きに受け止めていたという。

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