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ニッケイ俳壇(849)=富重久子 選

   ボツポランガ        青木 駿浪

余情なほ夕べとなりし庭四温
【冬季に三日寒い日が続き、その後暖かい日が四日あるのを三寒四温と言うが、最近のサンパウロでも今年はそのような冬の気候が続いている様に思う。
 この句は四温の夕暮れ時、家の庭に立ちしんみりとした想いをこめて、なんとなく安らいでいる作者の姿であろう】

一病の妻を看取りて春を待つ
【作者は病を得て八年という妻の看病をされている。よくその様子や二人の写真、妻の写真、見事な薔薇の写真などを送っていただくが、その度に「よくここまで・・」という感に打たれる。どの句にも適切な季語に、余情溢れる心情の佳句で、巻頭俳句として推奨させて頂く】

光陰に加速ある如日脚伸ぶ         
癒えぬ妻見取り八年冬きびし
冬ざれて大地の景や山家あり

   イツー           関山 玲子

ラーメンの好きな子が居て冬温し
【うちの孫にも「ラーメンの好きな子」がいて、学校の昼休みに、少なくても一週に二回くらいは食べに行くという。孫は安くて美味しいよ、といっては走って学校へ帰っていく。
 「冬温し」という季語のなんとよく座っている楽しい佳句であることか】

知らぬ間に山は眠らず拓か(ひらか)るる
【「山眠る」は冬の季語であって、秋の枯葉の時期も過ぎやっと静かに眠りたい山々。
 それなのに何時の間にか山の麓は開拓されて、都市計画がしかれ開けていく、というこの作者らしい擬人法を交えた佳句。冬の季語は「山眠る」であって、「山は眠らず」ではどうであろう。珍しくいい俳句である】

移民祭夢の跡なる移住地に
雨ふれば牽牛織女出でまさず

   ナビライ          小原 加代

胸のすく礼の正しさ寒稽古
【「寒稽古」といえば、剣道・薙刀・柔道などなど色々あって、戦時中の女学生の私達は薙刀で敵を倒すということにより、体育の時間は専ら白と黒の袴姿で早朝より稽古に励まされた。
 真にこの句の如く礼儀正しく、始めの目礼から終わりの目礼まで厳しく鍛えられたもので、今でも素足の凍えた感覚の忘れられない寒稽古であった。「胸のすく」と言う見事な言葉の選択で心に刻まれる佳句である】

寒風の一足飛びに麻州まで
※『麻州』とは、ブラジル・マトグロッソ州のこと。
南聖より冬が来たよと告ぐる朝
舞ひ疲れ冬蝶は地にひれ伏して

   サンパウロ         松井 明子

山茶花や雨に零れし庭を掃く
【「山茶花」は葉も花も椿に似ているが、小さく小椿とか姫椿などとも呼ばれる。雪白・淡紅濃紅・紅白交じりなどあり、とにかく優しい花。
 垣根にでも植えてある山茶花の花が、昨夜の雨に散ったのを眺めていた作者であろう。暫くして箒で集めている姿の見える佳句であった】

寒紅をさして晴れ着のモデルかな
冬の蝶日溜りに羽広げをり
冬景色六百キロを突っ走り

   サンパウロ         秋末 麗子

野を染めて野生の力脂肪草
【「脂肪草」は牧草の一種で、遠くからではよく分からないが茎の頂上に紫色の小花を付け、全体に油脂を分泌して臭気がある。
 カッピン・ゴルドウラとも呼ばれ,広い野や崖などに一面に生え揃い風になびくさまは見事である。この句のごとく、その姿はまさしく「野生の力」であって、立派な写生俳句である。】

ご苦労と産み立て集め寒卵
寒紅や少女いつしか花のごと
寒鯔の腹の膨らみ見て買ひぬ

   ペレイラ・バレット     保田 渡南

パタゴニア大氷原は地の果てに
【南米大陸のパタゴニア氷原の旅行吟である。どの句も揃って立派な俳句であった。
 まさしく実際に氷原を自分の目で見た者でなければ詠めない、一連の写生俳句である。】

氷原に流れありけり雪解水
【二句目の氷原に流れありけり「雪解水」とあるが、昔かずまとカナダの氷原を旅した時氷原の脇に氷水の流れる小川があって、そこを流れる空色の美しい水の色が、今でも心にはっきりと刻まれていて忘れられないでいる】

氷壁をなして氷原海に尽き
氷壁の崩れ落つるや蒼き海

   アチバイア         吉田  繁

廃線の駅舎に残る蔓サンジョン
【「蔓サンジョン」は、地方ではよく見られ息子の蜜柑畑でも懐かしい橙色の花が、牧柵に巻きついて咲いている。
 人気のなくなった駅舎の裏庭などにこの蔓サンジョンの花が揺らいでいる様は、なんと侘しいものであろうか。胸にしみいる様な好きな花の佳句であった】

マスクして目で語り合ふ女学生
梳きもせず農業移民木の葉髪
マスクする人もまばらに国のどか

  
   サンパウロ         高橋 節子

振り出しに戻りて想ふ枇杷の花
【「枇杷の花」は初冬ごろ枝の先に褐色の小花を咲かす。黄みを帯びた白色で芳香があるが、地味で目立たない花である。
 「振り出しに」ということは、昔の若い頃に想いを戻して、と解してもよいであろうか。それにしても地味で目立たない「枇杷の花」の季語で、何となく計り知れない芳香のある思い出であろうか、と思わせる佳句であった。】

目の手術受けて周りの冴えて見ゆ
句を詠みて自づと覚ゆ国の四季
水不足雨量少なき冬の雨

   サンパウロ         山本 紀未

ボレチンを受けて今日より冬休
※『ボレチン』とはポルトガル語で通知表のこと
外つ国に住みて幾年かぶら汁
ジョギングの歩測ゆるめて帰り花
優しさのこもる一語や冬ぬくし

   サンパウロ         畔柳 道子

冬ぬくし「ごきげんやう」という言葉
十五歳ケーキを飾る冬苺
外見れば音なく続く冬の雨
風邪ひと月世間遠のく思ひあり

   サンパウロ         建本 芳枝

満開の亡母の山茶花幹太し
窓拭ひ(ぬぐい)眺める冬の景色かな
枯芝や嘶く馬の声ひびく
現代っ子旅する為に冬休

   ポンペイア         須賀吐句志

熱燗に昭和引き寄せ盛り上り
冬の蝶陽射しに少し動きしか
木枯らしに木の葉も吾も急かされて
逝く順は歳にはあらず寒の月

   カ・ド・ジョルドン     鈴木 静林

冬ぬくし園の遊具の様かはり
夜廻りに鍵束掴み小屋を出る
風寒し杉の若木は肩すぼめ
星凍る老犬小屋で丸くなり

   インダイア・ツーバ     若林 敦子

冬木立抜けて広がる別荘地
広がりし宅地をかかへ山眠る
おしゃべりや毛糸編む手を休めずに
マフラーや流行(はやり)の仕方教へくれ

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

切干しを根菜まぜて煮〆かな
木藷汁炊きたて舌のやりばなし
わが街は坂道多し風冴ゆる
空風吹けば電線泣く如し

   アチバイア         戸山 正子

マラクジャも野生と化して花盛り
※『マラクジャ』はパッションフルーツのこと
大空を泳ぎし凧の糸切れて
小春日と菜園仕事に腰痛め
掘り出せば小芋大きく丸々と

   アチバイア         東  抱水

移民祭幼名呼び合ひ生きる幸
ピッポーカ屋台に寄れる親子連れ
孫等来て婆さん急かせピポカ炒る
ピッポーカ炒るまで孫等おとなしく

   アラポンガ         宮原 育子

フェィジョン穫る機械化進む大型農
※『フェイジョン』とは豆類の総称
ジーンズの破れはモーダジュニナ祭
霰降るごとく跳ねとぶピポカかな
水洟を一とすすりしてワクチン受く

   アチバイア         池田 洋子

来し方を思ひおこすも移民の日
暮易し家路急げどバスは来ず
冬ぬくく自慢のコート出番なし
ピポカ炒る得意顔した孫まぶし

   アチバイア         沢谷 愛子

フェジョン煮る孫等は好きで皆元気

フェジョン(豆)と肉を煮込んだ料理『フェイジョアーダ』は、ブラジルの代表的な料理。

フェジョン(豆)と肉を煮込んだ料理『フェイジョアーダ』は、ブラジルの代表的な料理。

(Foto By Chris.urs-o (Own work) [CC BY-SA 3.0 (httpcreativecommons.orglicensesby-sa3.0)], via Wikimedia Commons)

出る度に日本土産の冬帽子 
思い出は家族集まり大焚火
冬ぬくし病床畳み復活す

   アチバイア         菊池芙佐枝

黄水仙最南の地に気品あり
【先日山間のホテルで、人知れず咲く黄水仙を見た。夜は八度と言う寒さの中、黄水仙の鮮やかだったことに驚いて、飽きることなく眺めていた。この句のように「黄水仙」は確かに気品があり美しい。「最南の地」とのことで、その美しさは如何ばかりであったか。印象的な佳句。】

山茶花の小道通れば歌が出て
妹のままごと遊び蔓サンジョン
寒さなど知らぬ知恵つく末の孫

   ピエダーデ         高浜千鶴子

日に酔ふて地下にしみゆく別れ霜      
散り急ぐ花に心をよせる歳
寄せ鍋や家族幸せポカポカと

 まだまだ寒い日がありますが、俳句歳時記の上では八月から「春」の季題となっております。少し春の季語を書きますので、ご参考になさって下さい。
 ○早春・カジューの雨・山焼
 ○蛙・アラポンガ・獏(アンタ)
 ○木の芽・若草・菫(すみれ)
 ○野焼き・種蒔き・野遊び

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