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ニッケイ俳壇 (855)=富重久子 選

   サンパウロ         平間 浩二

夢追ひしなべて移民の花珈琲       
【今から百何年前に移民した人々は、戦後移民の我々とはちがって、珈琲栽培と言うしっかりとした目標があって、短期間の移民として来られたと聞いている。
 「なべて移民の」とこの句にあるように、珈琲を植えその実を収穫して売買してという、全ての人の胸に大きな夢があったのである。「花珈琲」という芳しい季語の真に良く坐った巻頭俳句であった】

踏青や独立像のイピランガ
【イピランガ公園の近くにこの銅像があるが、中々立派なもの。「踏青や」と言う季語の清々しさと「独立像」との取り合わせの巧みさ、また良く省略の利いた立派な写生俳句である】

9月7日は、ブラジル帝国初代皇帝ドン・ペドロ1世がポルトガルから独立を宣言した独立記念日。サンパウロの『イピランガ公園』内には有名な『独立か死か』のシーンの記念碑が建っており、その下はドン・ペドロ1世夫妻の霊廟になっている。(Foto: Embratur)

9月7日は、ブラジル帝国初代皇帝ドン・ペドロ1世がポルトガルから独立を宣言した独立記念日。サンパウロの『イピランガ公園』内には有名な『独立か死か』のシーンの記念碑が建っており、その下はドン・ペドロ1世夫妻の霊廟になっている。(Foto: Embratur)

タンポポや宇宙夢見る子供たち
桜貝耳朶に残れる波の音
啜る茶に眼鏡のくもる余寒かな

   ピエダーデ         高浜千鶴子

父の日の今日の仏飯まぜご飯
【父の日の仏様にお供えするご馳走は、ありし日の子供たちの父親であったおじいちゃんの大好きな「まぜご飯」である、という何んとほほえましい俳句である事か。何も飾り気のない素直な詠み振りで、読む者のほろりとさせられる心情のこもった一句ある。
 毎月熱心に投句される精進の賜物の佳句であった】

遠目にも明るく見ゆる春の森
【ピエダーデに住む作者、家の周りには林や森が近くに望まれるのであろう。冬の間は木の葉が散って寒々としていても、春がやってくると、鳥の囀りや木の葉の緑、それに小川の流れにそって野花の香り、そんな春のたたずまいに明るい春の訪れを感じている作者である。女性らしさの瑞々しい佳句であった】

父の日に息子を祝ふ孫達と
春雨や軽き雨傘持ち歩く
春愁や逢ひたき人の遠く住み

   サンパウロ         山本英峯子

手をとられ優しき歩幅桜草
【歳を重ねると一番に脚腰が弱くなる、と聞かされてまったくその通りである。作者はまだまだ若いが、それでも曲がり角やシグナルのある所は気をつけて渡ってしまわねばならない。
 その作者に、手をとって導いてくれた友達が居たのであろう。その優しさは本当に嬉しく有難いものである。季語の「桜草」が和やかな佳句である】

巡り来し遠き記憶に終戦忌
父の日よ達者であればそれで良し
アラポンガ啼き声のみに見失ふ
※『アラポンガ』とは、ポルトガル語でスズドリのこと。

   サンパウロ         土田真智女

寒紅や老友見舞ふ顔になり
【寒い時に化粧して口紅をつけると、ひときわ紅色の艶が良く光って見えるので「寒紅」、また冬季に製造された紅は質が良いとされている。
 作者は親しい古くからの友達が病気で臥せていると聞き、見舞いに行こうと思い立つ。自分も足が不自由なのをこらえて支度をするが、少し寒紅をつけみる。「見舞ふ顔になり」とは実に鷹揚なこの作者らしい詠み振りで、しっかりと見舞いをすませ安心した作者であろう。心に沁みる佳句であった】

何時も逢ふ人の名忘れ花小春
健康と恙がに生きて春を待つ
不自由な手足さすりて春を待つ

   サンパウロ         山本 紀未

手の平に七色のせて櫻貝
【「桜貝」は殻が薄く透き通って、桜の花びらを思わせるのでこの名がある。白い砂浜にこの貝が散り敷いた美しさは、とても忘れられない。桜貝はみやげ物の貝細工に使われたりし、昔から歌や詩や、そして俳句人も好んで句を詠み続けている。
 綺麗な七色の桜貝を手の平に乗せて、その美しく愛らしい七色の貝を慈しんでいる作者であろう】

転ぶなと足に聞かせて青き踏む
タンポポや子供移民も卆寿過ぎ
蜂鳥や羽根に委ねて七光り

   サンパウロ         橋  鏡子

貰ひ湯の五右衛門風呂や春の月
【「五右衛門風呂」とは懐かしい。移民した頃私らもこの五右衛門風呂に、長い間お世話になったものである。軒下にレンガを重ねその上にこの風呂を載せて、夜空の月を眺めながら次々に入浴したが、何んともやるせないものであった。
 この句の作者は「貰ひ風呂」とあり、しみじみ昔の暮らしの偲ばれる佳句である】

授かりし双子の孫やつばくらめ
鳥帰る異郷と言へど子らの国
凍蝶の亡骸集め土に帰(き)す

   サンパウロ         渋江 安子

春風や人々心和ませて
【春風駘蕩(たいとう)と言う言葉があるが、春の風は人々の心を和ませ優しい笑顔をほころばし、そして女性の一番美しく見える季節といわれる。
 春風や闘志いだきて丘に立つ(高浜虚子)という有名な俳句を、学生時代の国語の時間に習い大いに感激した事を覚えている。
 この作者の俳句は大人しく優しい佳句であった】

春雨や軒下走り行く人も
桃色の暮鐘草を見て飽かず
お澄ましに春菊浮かせ一人膳

   サンパウロ         山口まさを

梟鳴く灯火(ともしび)ゆるる通夜を守る
【人が亡くなると夜通しお棺を守って、蝋燭の火や線香を絶やさないように見守っている。通夜くらい淋しいものはない。そんな夜更けのとき、近くの木陰からほーほーと梟が鳴いたりして、いっそう淋しさを募らせる、という深く重い俳句である】

ロデイオに総立つ余興牛馬市
穴を出し蛇に禿鷹急降下
国境を知らぬ幸せ蝶睦む

   ソロカバ          前田 昌弘

蜂鳥や部屋の鏡に驚きぬ
【我が家でも一度蜂鳥がサーラに迷い込んで、カーテンに絡まって逃がしてやるのに大変だった事がある。この句のように、部屋に入り込んで鏡に写った己の姿に一層驚いたのであろう。とにかく蜂鳥は美しく小さな愛すべき鳥である】

凧揚げる侮りがたき女の子
留守の間にプールに落ちし凧哀れ
蜂鳥の脹ら雀のよな姿

   サンパウロ         畔柳 道子

咳すれば電話の向う咳をして
寒卵買ひ足し手提げ重くなり
日向ぼこ愚痴をこぼさぬ人とゐて
雲低く眠れる山となりにけり

   コチア           森川 玲子

七十路(ななそじ)も半ばとなりぬ終戦忌
汽車に乗り銭湯へ行く敗戦日
父の日や父に三男姫五人
ペンを持つ指先かたき余寒かな

   スザノ           畠山てるえ

保育所に迎への母や蛙鳴く
市までを歩き十分春の風
かくれんぼもう一回よ暮鐘草
強東風に空より降るは砂ばかり

   オルトランジャ       堀 百合子

かくまでも棘で守りてけしの花
八十路きて生きる喜び桜草
出来の良きルックラ提げて友見舞ふ
※『ルックラ』はブラジルの発音で野菜の『ルッコラ』のこと。
桜草見事に咲きて人目呼ぶ

   ピエダーデ         国井きぬえ

慈雨来たり葉桜となり樹々光る
終戦日思ひ出す我が青春期
【終戦日の頃が「青春期」という事は十七・八才だったのであろうか。私も丁度十八になったばかりであったが、お互いに一番辛い惨めな青春期であったかもしれないが、案外忍耐強くやり抜いて生きてきたことが、今の暮らしに繋がってよい試練であったと思いたい】

寒波くる重ね着たっぷり寒がりや
春日和り友逝き軽き身じまひで

   サンパウロ         間部よし乃

春野菜みんなで作る新メニュー
満開の藤に場所よせ和やかに
散歩道もう葉桜の美しさ
春の闇だれに伝へる夜鳴鳥

   サンパウロ         大原 サチ

分校の授業最中に春の雷
朝夕の上着放せぬ余寒かな
たんぽぽに廻り道する下校の子
暮れてなほ花珈琲の薄明り

   サンパウロ         上田ゆづり

玉音の真相を知る終戦日
孫抱きて父の日祝ふえびす顔
蛙(かわず)なく田んぼの動画里恋し
籠の鳥歌は忘れずアラポンガ

   サンパウロ         須貝美代香

余寒とてうどんの湯気に卓和む
潔く飛ぶやたんぽぽ土手越えて
足元に波打ち寄する桜貝
カフェザール月と競ひて花珈琲
※『カフェザール』とは、コーヒー農園のこと。

   サンパウロ         山岡 秋雄

忘れむと善し悪し迷ふ終戦日
この国にわが姓を継ぐ孫の春
つばくらめ年々来たり厭はれず
外つ国の山河幸あり鳥帰る

   サンパウロ         伊藤 智恵

国あげて期待して居る春の雨
春の風お早うさんと通り抜け
昔居た殿様蛙何処やら
終戦日極秘の事実公に

   カンポグランデ       秋枝つね子

桔梗咲き七草籠に盛りもりと
木の葉髪真っ白赤きピンで止め
【「木の葉髪」も、真っ白で美しいと思う。それを紅いピンでそそくさと止めて働く作者。俳句も姿もきっと素敵な人であろうと思っている】

冬ぬくし優勝カップ頂きて
冬ぬくしカップ輝く飾り棚

 
 九月、いよいよ春も酣(たけなわ)となります。春の季題を少し書いてみました。ご参考になさって下さい。
 春分(九月二十一日)、霞、百千鳥(ももちどり)、汐まねき、ジャカランダ、蕨(わらび)、春眠、黒母の日(九月二十八日)
久子

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