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非日系人も多く参加した会場の様子

広島、長崎に平和の誓い=6、7日に原爆死没者追悼=若者呼びいれ、映画上映

 リオ五輪開会式から一夜明けた6日、ブラジル広島文化センター(平崎靖之会長)は、例年よりも規模を拡大して「広島原爆死没者追悼法要」を行った。またその翌日7日午前8時からは、ブラジル被爆者平和協会(森田隆会長)と長崎県人会(川添博会長)がサンパウロ市ジョン・メンデス広場のサンゴンサーロ教会で「長崎原爆犠牲者追悼慰霊ミサ」を開き、約50人が集った。

 広島文化センターの催しは、高齢化により参列者が年々少なくなるなか、平和への機運を作ってゆきたいと各所へ働きかけ、刷新を図った今回は、延べ100人を越える参列者を迎え、しめやかに行われた。サンパウロ州立広島中高等学校からも約30人のブラジル人生徒らが訪れ、広島からのメッセージに真摯に耳を傾け、各々が平和への思いを新たにした。
 原爆投下された午前8時15分―。犠牲者に思いを馳せ一分間の黙祷の後、献灯、献花、献水が捧げられた。献水は原爆投下直後、屍で埋め尽くされたという太田川から取り寄せたものという。引き続き、南米浄土真宗本願寺(西本願寺)中野晃治導師の読経により、厳粛な雰囲気のなか、焼香が行われた。
 久保光雲開教師は法話で「全ての命は繋がっている。平和を願うことは必ず繋がり、毎日毎日の生き様が平和を作ってゆく」と語り、一人ひとりの平和を願う心こそが、世界の平和に繋がると共命鳥(双頭の鳥)の例話を参列者に語りかけた。
 胎内被爆者でもある平崎会長は、原爆手帳を片手に投下直後の広島の惨状を振り返り、「なぜ広島に原爆が投下されたのか。これは人類として考えなければならない問いだ」と涙ながらに訴えた。今年は現職としてオバマ米国大統領が初訪問した歴史的な年。「世界の恒久平和に向けて、各々が強い思いをもって欲しい」と熱い思いを語った。
 法要に参席した中前隆博在聖総領事も広島市出身。「続く世代の我々は経験はなくとも、教訓を引き継ぐことはできる。その責任が我々にある」と力強く語り、「紛争において憎しみの鎖を断たなければ。広島市民の大統領への接し方、触れ合いの仕方に、二度と同じ過ちを繰り返してはならないというメッセージが強く現れていた」と感極まって言葉に詰まる場面も見られた。
 式辞の後、3団体により作製された折鶴が寄贈されたほか、式典後に映画『原爆の子』(新藤兼人監督)が上映された。原爆後遺症に苦しむ被爆者やそれを取り巻く家族らの痛切な心の叫びに胸を痛め涙する参加者も。今回初めて参加したという高坂一房さん(74、兵庫)は「一人ひとりが平和を願い、何ができるのかを考えなければ」と感慨深げに語った。


長崎はサンゴンサーロ教会で=「あの日を忘れてはいけない」

追悼慰霊法要の参加者ら

追悼慰霊法要の参加者ら

 サンパウロ市のサンゴンサーロ教会で7日行なわれた「長崎原爆犠牲者追悼慰霊ミサ」で、川添会長は「私たちのこの平和な生活は、先の大戦の尊い犠牲の上に成り立っている。それを意識し、より多くの人々に伝える義務がある。今年は原爆投下から71年目。これから平和を構築する強い意思を作らなければならない。世界平和を獲得するためにも、皆さんの協力が必要」と語りかけた。
 マヌエル・ジア・デ・オリヴェイラ司教は「私たちは悪いものに囚われて戦争や原爆被害などを繰り返さないように、神、被害者に祈り、世界を良くするために努力しなければならない」と説教した。
 ミサの後、森田会長(92、広島)は、「あの日を忘れてはいけない。平和の大切さをかみ締め、71年前に起こった事は忘れられない。戦争はいけないと訴え続けたい」と語った。
 参加者の坂野智子さん(69、被曝二世)は「この時期になると皆が貧乏していた頃を思い出す。また、亡くなった母は常に長崎での被爆被害者の話を聞いていました。この時期になると、その事を思い出す」と振り返った。


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 広島原爆死没者追悼法要に毎年参加しているというサンパウロ州立広島中高等学校。同校教師のマリナ・アヤコ・チョーザさん(58、二世)は、「真面目な生徒が多い。式典で礼儀正していることは忍耐を学ぶ良い経験にもなる。広島のことに高い関心を持っている」と語った。日本語主流だが両語で式典が進められるなか、生徒らは式典後の映画鑑賞まで静かに見入っている様子。このような毎年の積み重ねの中から、ブラジルを代表するような平和運動家が現れるかも。

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