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道のない道=村上尚子=(13)

 さて、茂夫が一時身を寄せていた,川中家の説明をしたい。
 半年前、同県人ということで食事に招待されたのだ。四キロメートル離れている。おじさん(七十歳)、おばさん(五十五歳)、娘の静加(十九歳)、息子の友夫(二十二歳)、それに同居の光夫(二十ニ歳)。彼らは、コーヒー園の手入れの傍ら、もうとっくに自給自足をやっている。家の回りは、広い範囲がすっかり菜園になっている。たまたま近くに水が湧き出している。これを中心に利用した景色が広がっているのだ。黒々とした上に、目の覚めるような緑や黄緑が風に揺れている。更にすぐ近くから向うの方まで芋や穀類が育っている。
 いかにもここは、人が生活している匂いがした。収穫された作物は、十五キロ先の、ポンタポランの町へ売りに行くのである。その役目は、あの元気で明るいおばさんと、同居の光夫君である。この青年が、馬車を使うのだ。色白で背のスラリとした美男子、もの静かで良く働いている。ということで、現金収入もあり、この家は活気に満ちていた。光夫は外から来た青年で、どんなわけでこの家に入って来たのかは知らない。この青年を入れて合計五人である。

 私たちは、案内されて、大き目のテーブルについた。そこには、山のように料理が並んでいた。特別に高価なものはないが、豊かな空気に包まれていた。この時、始めてフェジョン(豆の種類)の変わった味を口にした。塩味でとろりとしている。それがご飯にたっぷりとかけてある。これを見て「パラグアイに来たな」という実感が湧いた。悪くない味である。飢えていた私たちは、何を食べてもご馳走に思えた。
 みんなとの会話もはずんで、特にあの目のくりくりしたおばさんが、色々な話や知恵を授けてくれた。その度に、ピンガを飲んだおじさんは、合いの手を入れてふざけている。例えば、おばさんが話す。
「ここはねえ、ほんとに危ないきね、女が一人で歩く時にゃあ、山刀を持って歩かにゃいかんとよ」
 するとおじさんは、大きな口で笑いながら、
「切ったら血が出る。たったらたん!」という具合だ。
 家族の者は、おばさんに『母ちゃん』、おじさんには『父ちゃん』と呼んでいた。光夫もおばさんに『母ちゃん』と言っているのを聞いた。ところが川中家から帰って来た茂夫は、とんでもない話を私にした。
 あのおばさんと、光夫は長い間、関係が出来ているという。川中のおじさんというのは、結婚は二度目であった。おばさんの姉が最初の奥さんだった。そのお姉さんが病気で亡くなったのだ。おばさんは、その後妻になった。
 昔の人は、そういうことは、あたりまえのように行なっていた。おばさんの浮気のことは、家中だれも知らない。
 ついでに語ると、
 もう少し経って、娘さんの静加が、二十才になった。おばさん夫婦は話し合って、光夫と結婚させてしまったのだ。私は驚くと同時に、ハラハラして見守った。が、秘密は洩れることもなく、平和が続いている。その後も、川中家のだれも別居はせず、一体となって暮らしているのだ。この話は、茂夫が本人の光夫に打ち明けられたものだそうだ。よく分からないが、世の中にはこんなことが、あるのだと私は知った。

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