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道のない道=村上尚子=(44)

 こうすれば、客とのつながりが出来る。おばさんの戦略である。彼女は人懐っこい笑顔で、階下の一室に品物を広げている。
 私も先月買った分の金を、部屋に取りに戻った。ない! 鏡台の下へ洋服代として突っ込んでいた金が…… この部屋の鍵を持っているのは、N子だけである。咄嗟に父の言葉を思い出していた。N子にやられた!
 他の仲間にこのことを打ち明けてみた。すると、
「このことは、外へ絶対に洩らしてはだめよ!」と注意されたのだ。盗られたのもさることながら、おばさんに対して恥かしかった。
「お金ちゃんとしまってあるよ。待っててね!」
 と胸を張って言った手前…… その内、N子の方から室は出ていったが、「花園」には平然といた。

 この日、珍しく室が空いている。室は下のサロンだけで、うす暗い中にもムードが漂う静かな音楽の中で、ブラジル人パイロットたち三名が、ソファーにゆったりと座っていた。彼らは女たちへ、今から「ピザ」をご馳走するとおおらかに言った。高級な店から出前が届いた。厚紙の大皿三つが、女たちの真ん中へ置かれた。
 まだ熱々なのか、チーズがピザの表面を、とろりと溶けてつやっとし、いかにも高価そうな顔をしている。普通、その辺のピザは食べたことはある。これはどんな味がするだろうか……と思って眺めていた時、マダムが愛想よく入って来た。そのうち、それとなく私たちの側に寄って、みんなに耳打ちした。
 彼女は、引き締まった低い声で、
「あれは、二口、三口食べて、あとは残しなさい。絶対、全部食べてはいけないよ! ガツガツ食べないでね……」
 と命令を下した。言われた通りにピザは、みんなほんの一口食べて残した。そうすると、不思議なことに、話もはずまないで、誠に女たちが上品に見えた。

 このマダムが最近、欲求不満に陥っているのか、時々自分の衣装を持ち出して、庭に山積みし、火をつけている。
「あの煙が赤い大火になる前に、帯の一本だけでも抜きとりたい!」
 しかし、マダムの形相は、近くにも寄れない雰囲気。日本から取り寄せた着物類は、惜しげもなく燃やされて行く。恋人もいないのか…… こんな世界で生きる人にしては、あまり派手な噂は聞こえてこない。マダムは、リオにもこの「花園」より立派な支店を持っている。そのリオの店長というのは、女性で色気のかけらもない、不細工な人だが、それなりに貫禄を持っている。
 その店を任された彼女は、時たま大切な用が出来るらしく、サンパウロまでやってくる。が、又すぐに忙しそうに、リオへ帰って行く。マダムとしては、この二軒の大きな料亭の切盛りで、精神的な疲れが出るらしい。それらの憂さ晴らしか、あの衣装を燃やすのは。それにしても、変な癖ではある。

     出   逢   い

 この日は、階下の小部屋へ、もう一人の女と入った。そこには見慣れない、四十代の男が座っている。頭は角刈りに近い髪形で、あごが尖っている。そのほっそりした顔の中には、目鼻と口元が引き締まっている。ただその目もとが、いかにも酸いも甘いもかみ分けたようなものを漂わせている。

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