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道のない道=村上尚子=(60)

 しかし友行の性格上、日本へ帰るのは諦めているだろう。私は数日、彼に説得してみたが、効果がない。彼に対して、一度も不満を抱いたことはない。その男に対して、芝居の愛想尽かしを始めた。
 長らく失業中で、苦しんでいるはずの彼へ、
「あなたといるのは、もうイヤ! 苦労ばかりさせられて、早く日本に帰って!」
 心にもないことを言い散らして、やっと友行に、日本へ帰る気にさせることが出来たのだ。今、惨めな立場にある彼としては、どんなに傷ついたことであろう……といって、悪役を演じた私は、それ以上に傷ついていた。日本には一人息子もいると聞いている。これで良かったのだ。

     罠

 さて、「ふるさと」の話に戻る。
 聞くところによると、T子は、この世界では名うての女で通っているという。なるほど、二人の男を手玉に取っていることは知っていた。この時は、T子のことを、まさか世間がいうほどの女とは思ってもいなかった。
 この頃、一般に「頼母子」という裏の利殖法が流行っていた。T子のやっているのを見て、私もしてみたくなった。どうせなら、一桁大きい金額で勝負してみたい……その計画のもと、私はひとグループ十名の親(責任者)となって、始めた。するとあっという間に、七名が参加してくれた。
「あと三名くらいなら、スタートをしてからでも集まるわよ」と、T子や周りの人たちが言う。
 これを軽く考えた私が、大きな間違いであった。
 網にかかった私は「頼母子」のスタートを切った。ここで、T子が行動に出たのだ! 店に入ってくる客、一人一人に、T子は裏へ回って、
「あの『たのもし』危ないわよ!」と、力を入れて説得したという。
 七名で始めた「頼母子」の最初の受取り人には、私が立て替えて、十人分の金を渡してある。あれほど次々に参加していた客が、それ以来ぱったり入って来ない……とうとう「たのもし」は潰れた。
 当然、この後始末は精一杯のことをした。四人の一人一人へわけを言って、現金で返済した。残りの三人には、一ヶ月から三ヶ月待って貰うよう、お願いした。私の侘びの気持ちから、法外な利子もつけて、小切手を差し出した。三ヶ月あれば、責任はとれる。全員了解してくれて、問題は解決していたのだ。

 ところが、T子が待ってました! とばかりにこのことを、P新聞社の女性記者を呼びつけ、けしかけたのである。新聞の三面に、余すところなく、私の記事が載せられた。とたん! 例の小切手を受け取っていた、あの三人が危険を感じて、同時に換金をしてしまったのだ! 結果としては、七名全員に返済したことになった。
 新聞は、面白おかしく大々的に取り扱っていて、私のことを派手な犯罪者に、仕立てあげた。「頼母子」のメンバーの一人が「尚子ちゃんは、そんな人じゃない!」と、仲間に語っているのは聴いた。が、表面に出て私をかばってくれる者は誰一人いない。みな当たらず触らずに逃げている……つまり巻き込まれたくはないのだ。
 このような犯罪者のいる店へは、客も寄りつきたくないらしく、客足は遠のいた……なので、私は自動的に店へ出られなくなってしまった。

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